池袋演芸場16(台所おさん「明烏」)

花ごめ / やかん
馬るこ / 大安売り
菊志ん / 花見小僧
米粒写経
扇辰  / 紫檀楼古木
小袁治 / 王子の狐
(仲入り)
花いち / 鉄拳制裁
圓太郎 / 初天神
翁家社中
おさん / 明烏

急遽の仕事が入り、締め切りに間に合うかか不安だったのだが、無事午前中で終了。
30日の池袋に出かけます。31日まで昼席やってるので千秋楽ではない。
池袋、下席昼席は、午後2時から始まる遅い番組。
時間が短い分、料金も安く2,000円。短いといっても、3時間あるから結構たっぷりだ。
落語協会の精鋭が揃う、この席が私は寄席で一番好き。
今回の主任は台所おさん師。2年前に黒門亭で聴いて以来、ずっと気になっていたのだけど。
客の入る1月なので割引券はなし。
そういえばひと様のツイッターで、池袋演芸場には隠れスタンプカードがあると知った。15回通って1回タダになるらしい。
うーん、ホームグラウンドではあるけど、15回通うには3~5年かかるので断念します。
安く寄席に通う方法探しに余念のない貧乏人ではあるけど、財布にあんまりいろんなものが入っていて欲しくない。日高屋の割引券だって、私もらわないもの。
それに今年は、池袋を減らしてもう少し新宿・浅草にも行かなきゃなと思っている。そちらでしかトリを取らない師匠もいるので。

主任と同等に、仲入り前の柳亭小燕枝師匠も楽しみにしていた。
この師匠は、主任の芝居も含めて新宿末広亭の出番が多い印象。池袋では聴いたことがない気がする(※ そんなことはなく、ブログにも書いてました)。
だが、小燕枝師、インフルエンザで休演だそうな。
噺家さん、よくインフルエンザに掛かっている印象がある。
私は少々の怒りとともに落語界に苦言を発したいのだが、人前に出る仕事なのに、噺家は予防接種はしないのか?
しかもインフルエンザ罹患をきっかけに、柳家小蝠、三遊亭小圓朝と続けて若死にを出したではないか。
長生きするのも芸のうち(by黒門町)。お願いしますよ。
予防接種してもたまに発症する場合もあるけど、間違いなく軽く済む。
代演の小袁治師も、ご自分のサイトで予防接種をしていないと告白している。ダメじゃん。

小燕枝師は残念だが、扇辰、圓太郎、菊志んなど楽しみな師匠が顔をそろえ、充実の番組。
クイツキに抜擢されている花いちさん(緑君さんと交互)も楽しみ。
池袋の公式サイトでは、本日の番組に小燕枝師の名前が出たまま。ダメだな。落語協会のほうにはちゃんと代演の小袁治師が書いてある
前座には間に合わず、すでにマクラを終えている柳家花ごめさんで入場。「いわしっていうのはなんでいわしっていうんですか」。
あ、やかんが始まったところみたい。
女流の花ごめさん、男だけ出てくる落語でも難なくこなす。演技に抑制が利いているのがいい。
八っつぁんともども、楽しい講釈を聴かせてもらった。
平日だが客席はそこそこ埋まっている。

番組トップバッター、花ごめさんの高座の際に入場した客は多い。だがみんな、別の客を立たせたりせずパイプ椅子に座って大人しく一席待っている。
いつもながらマナーがいいものだ。私も花ごめさんが下りるのを待って前方に移動。

鈴々舎馬るこ「大安売り」

続いて鈴々舎馬るこ師。人気の真打だが、まだ若手だからこんな浅い出番も普通にあるわけだ。
師匠馬風の夫人は料理が上手い。弟子はみな太らされる。太らせて寄席に出荷する、見事なブリーダー。
どこからかマイクを出してきて、メモリアルホールの友引寄席の話。馬るこさんへの花束贈呈の場面なのに、職業柄しめやかにアナウンスをしてしまうスタッフ。
それから、忠臣蔵の小噺「電柱でござる」。浅野内匠頭のタイムスリップが入ってるが、こんなのも平気で入れる人。
客を十分あっためておいてから相撲部屋の話に移る。「大安売り」。
元々、中身の自由な噺だが、それにしてもギャグがぶっ飛んでいる。
取り組みの際、スマートフォンが鳴ったので相手が出た。怒りのあまり土俵にあったビール瓶で相手を殴って反則負け。
こんなふざけたギャグを普通に放り込んで平気なのはこの人ならでは。
タイムスリップを取り入れたりして、徐々に徐々に、客をヘンテコ世界に誘導することに成功しているから可能なのだろう。
かなりの力技だが、時間の短い末広亭ではこんな高座はできないのでは。
馬るこ師、決して好きなほうじゃなかったのだが、今回好感度が急上昇です。

古今亭菊志ん「花見小僧」

古今亭菊志ん師は、ヒザ前の橘家圓太郎師とともに、柳家以外の人。
マクラは、全日空をやたらと持ち上げ、JALをdisる内容。
自分で飛行機取るときは、必ず全日空。だが地方に行く際時間が合わず、やむなくJALにした。
関係者いないですよねと。
全日空が綾瀬はるかを使っているのに比べて、JALは嵐を使っている。いや、タレントとしての嵐はいいですよ別に。でも、「飛行機と嵐」という組み合わせのセンスってどうなんだろうだって。
CAさんも全日空は大卒5年目ぐらいなのに、JALはもうすぐバスがタダになりそうな人。
この一連のJAL叩き、パイロットの飲酒事件から始まっているのだが、ちょっと客が引き気味だった気がする。そりゃそうだ、別にJALが嫌いで仕方ない客なんて、そんなにいないだろうから。
JALも飛行機内で流す落語を収録している。その仕事の依頼があったら、受けますよだって。受けるのかよ。

定吉の回想だけに出てくる女中の婆さん、お清が飛ばしている花見小僧。
おせつ徳三郎は、菊志ん師のCD第一巻に収録されている噺だから、一番の得意なんだろう。いい噺が聴けました。
婆さんはぶっ飛ばし、そして徳三郎はやたらと気取っていておかしい。
一部始終を語らされる定吉はクソ小生意気。可愛らしい小僧とは違う描写。
続いて「刀屋」にかかるくだりを予告しておいて、「お時間でございます」。

米粒写経は寄席では初めて聴く。漫才協会ではなくボーイズバラエティ協会所属なのが珍しい。
ツッコミのサンキュータツオさんは今や、渋谷らくごのキュレーターなど、落語界でも顔である。
渋谷らくご、一度も行ったことないんだけど。爺さん婆さんの多い(安い)落語会ばかり行ってないで、若年層中心のシブラクも行かないといけない。
水曜日の昼間から来ているお客さんはふゆうそうですと。ふゆうそうは、浮遊層と書く。
それはそうと寄席の漫才にしては、ちょっとまだ押しが強すぎる気がする。圧の強さが個性なのだけど。もう少し軽いほうが寄席向きと思うのだが。

入船亭扇辰「紫檀楼古木」

入船亭扇辰師はこの日のお目当てのひとり。先月鈴本のトリで聴いた「五人廻し」は、それは圧巻であった。
主任の芝居では当然見事な師匠であるが、こんな日、仲入り前のひとつ前の出番用にも、ちゃんと軽めの噺がある。
紫檀楼古木。
もう終わったイレブン寄席のVTRが好きでたまに聴いている。寄席では初めて。
キセルの使い方と構造を解説し、「どうです。扇子がキセルに見えたでしょ。これが芸の力です。こういうことは三遊亭白鳥にはできません」。
白鳥師のほうが先輩だが、ともに新潟の雪国の出であり、気心知れているからネタにできるのだろう。扇辰師は結構、先輩噺家をネタにする。
不正乗車のキセルの語源もちょっと。入口・出口にカネを使うからだと。
本来地味な噺のはずだが、やたらと楽しい。女中のお清を実質的な主役に据え、徹底して攻めているおかげである。
お清が出てくるからって別に菊志ん師の花見小僧とはツかないが、どちらも脇役の、この女中を攻めているのが面白い。
ラオ屋に身をやつした古木先生を「汚い国から汚いを広めにきた『きたな爺い』ですよ」と罵るお清だが、顔まで愉快でとても魅力的なキャラ。
落語の世界、もともと男のキャラが多いけど、古典落語に出てくる女性をこうやってフィーチャーすると、古い噺もいきいきと現代に蘇る。
そしてご新造はさすが扇辰師で、色気と品がある。
この噺を昔掛けていた圓生や正蔵(彦六)のものを後で聴いてみた。扇辰師のものは、古木先生が「むさい」と陰で言われても、あまり怒っていないのが特色である。
古木先生、とにかく飄々と軽いのである。そのほうが狂歌の先生らしい。
「牛若の御子孫なるか御新造の我をむさしと思うてからに」他、計3つの狂歌の解説を入れないところがまたいい。インテリの客なら、そのぐらいわかるだろう。
テレビのものと違い、「お清が字を読めないことを知って、古木先生が嫌味を言っている(とお清が勝手に解釈する)」というくだりがなかった。改良を続けているのだろうけど、ないほうがいいのかどうかはよくわからない。
今年は寄席のさまざまな出番で、もっともっと扇辰師を聴きたいものだ。
夏になったら「麻のれん」なんていいね。

柳家小袁治「王子の狐」

仲入り前は、インフルエンザで休演の柳亭小燕枝師に替わって、名前のよく似た弟弟子の柳家小袁治師。
プログラムに名前も刷られていないのだが、代演だということも一切言わないままだった。
そういえば、先月と同様、この日のプログラムも芸協スタイル。すなわち、毎日刷るのではない。予告版とまったく同じスタイル。残念だなあ。
マクラは噺家の符丁について。
トリなんてのは、最後に上がる人が全部持っていくことを指す言葉で、「紅白のトリ」なんて堂々と使う言葉ではないと。
あと、「化ける」。
今はなき人形町末廣に出ていた正蔵が鈴本の楽屋に来て、「末廣が化けたよ」と言う。
前座だった小袁治師、意味が分からなかったが楽屋にいた師匠はみな感心していた。
ガラガラだった末廣に客が押し掛けたということである。
正蔵ったって、今のじゃないですよと笑わせる。
あとは、急激に腕の上がった芸人にも「化けた」を使う。
三平師匠はすごかったと。三平ったって、今のじゃないですよ。

本編は「化ける」に続けて王子の狐。
メジャーな噺のはずだが最近とんと聴いていない。マイナーだと思っていた紋三郎稲荷のほうが、よく耳にするかもしれない。
改めて、世界観も含めて実に楽しい噺だと思う。楽しい噺をしっかり楽しく語る小袁治師。ベテランの味。
化ける狐と、人間の住む現実世界との両方に、見事に軸足が置いてある。
お狐さまへの信仰が、世界だけでなく聴き手にとってもリアルであったいにしえの時代を思い浮かべて聴くと、さらに楽しい。

柳家花いち「鉄拳制裁」

仲入り後のクイツキは、二ツ目の柳家花いちさん。昨年二席聴いて、そのユニークな個性のファンになった。
新作と古典とを一席ずつ聴き、どちらも大変楽しかったのだが、できれば今回は新作を聴きたいと思っていた。期待通りの新作落語。
「芸名を柳家花いち、本名を錦織圭と申します」。あ、ちょっと似てる。
マクラは、主任の兄弟子、おさん師について。
まだそれほど兄弟弟子間の関係性が確立していない時期に、百面相を教わりに、おさん師(そのころは鬼〆だろう)の六畳一間を訪れたそうである。
おさん師は、くつろいでくれと言って、なぜかパンツ一丁になる。花いちさんもそれを勧められる。
おさん師は、落語の所作に活かそうと、キセルまで持っている。
お前も吸ってみろと勧められる花いちさんだが、おさん師が口を付けた直後なのが気になる。
その視線に気が付いたおさん師、「ああ、悪い悪い」と、キセルの吸い口をパンツで拭う。

非常にウケたマクラからすると、新作の本編についての客の反応は今イチだったみたい。下りるときの拍手の量からすると。
ポジションも含めて、昨年福袋演芸場で聴いたマクラの再現になってしまった。池袋はすばらしい新作がよく掛かる寄席なので、客の反応は馬鹿にならない。
でも、私にとってはたまらなく楽しい噺だった。調べたら「鉄拳制裁」というんだそうだ。
私は、池袋の感度のいい客たちとは、おおむね感想がシンクロする。今回は珍しくズレちゃった。
私だけ喜んでいちゃダメなんだ。最近とみに、他の客の感想まで一緒に体験するようになっている。
親分を刺し殺したのはお前だろうと、冤罪で兄貴分に殴られる若い衆。
兄貴が殴る際、「いい夢見ろよ」「地獄に堕ちろ」と最後に言い残すと、気を失った弟分、「いい夢」や「地獄」に飛んでしまう。
いい夢というのは、中学時代に好きだった保健の先生と相思相愛になる世界。地獄は、文字通りの血の池地獄。
この日ぶっ飛んだ落語を披露してウケていた馬るこ師と比べると、ヘンテコ世界に誘導していく、その腕力がやや弱いのかも知れないな。
あと畳みかける終盤、ちょっとしつこいかなという繰り返しがあって、客の気がそれたか。展開的には必要だから、抜きづらい。
噺の最大の弱点はたぶん、ストーリー展開上、弟分が幾度となくぶん殴られる必要があること。
バイオレンス要素が積み重なっちゃって、引いた客がいたのかも。
いっぽう、リアリティとは無縁、すっとぼけた花いちさんの語りが好きな私には、バイオレンス要素は一切気にならなかった。だが、私も元来バイオレンス要素は好きでないので、引いた人の気持ちはよくわかる。
改めて、新作落語って難しいなあと思う。
単に、客が花いちさんに慣れていたらバカウケだった気もするし。
神田連雀亭に出ないので捕まえづらい花いちさんだが、また東京かわら版で見つけて聴きにいきたい。
高座の数は二ツ目さんの中でもかなり多いようだ。

橘家圓太郎「初天神」

ヒザ前、橘家圓太郎師は、主任のおさん師を、寄席を1日休んで師匠(花緑)に代演を頼んだとチクリ。
土曜日に出ていた「しんうら寄席」のことである。寄席の顔付け前から決まっていた仕事に違いなく、もちろんチクリとやるのは噺家相互のシャレである。
ちゃんと最後は持ち上げていたけども。
おさん師を例に、師弟関係は親子関係と同じだと。師匠のありがたみが薄れてきたころに真打になる。
だが、披露目のときに並んでくれる師匠は本当にありがたいと自分の例を出す圓太郎師。

圓太郎師の本編は寄席でのべつに掛かる初天神。この時季はドンピシャ。
だが、まったく誰からも聴いたことのない型で驚いた。
大爆笑の一席。ヒザ前のネタ選択はばっちりだが、ちょっとウケすぎてるんじゃないかと思うぐらい。
どこから来ているかわからないが、圓太郎師自身の演出が相当あることだけは間違いないと思う。
与太郎も上手い圓太郎師だが、金坊も上手い。声が面白いのだ。
飴も団子も出てこない初天神。
出かけるまで、さらに出かけてからの親子のやり取りがたっぷり。
最後は、屋台を見て、約束を守って買ってくれとは言わないものの、気が狂ったようになる息子に、親が参って「なんか買ってやる」。
この型、圓太郎師から広まって、今から流行るんじゃないかと思った。
おなじみの演目も、どんどん楽しくなっていくものである。

翁家社中の和助、小花は時間が押していて短め。色物さんの名誉であるヒザでも、今は若夫婦で出るんだね。
最近の彼らは、気を持たせた芸が実に上手い。楽々こなさないで、必ず失敗(またはインチキ)をしてみせる。
おかげで、寄席の芸をよく知っている池袋の客でも拍手がしやすい。
ヒザの芸人にしては、すばらしく若いなあ。

台所おさん「明烏」

満を持しておさん師匠の登場。
私は柳家花緑一門に大いに注目している。最初に着目したのがおさん師だ。花緑師の年上の弟子。
台所おさんという名は、先代小さんが考えたものだが、一門の弟子たちは誰も名乗らなかったのだと。
久々にお見かけするが、とにかく怪しい人。
芸名も珍しいが、本名も珍しい。吉開泰視という。よしがいと読むのだが、贈り物があって西武百貨店に行ったところ、「きちがい」とかなを振られたそうで。
そして大学時代の野球部の話。
それまで固いキャラだったのだが、合宿で披露したエアロビクスの先生のネタが大ウケしたそうで、それで芸人を志したのだと。
野球部の四年生が卒業する際、中洲に繰り出す。だが、裏の事務所に連れていかれそうで風俗の怖いおさん師、途中でさりげなく逃げ出す。
それ以来、先輩師匠の誘いを断る癖がついたとのこと。
これが明烏のフリである。

源兵衛、太助のふたりの描き分けがずいぶんわかりやすい明烏。
この噺、このふたりを描き分けるとまた楽しくなるのではないかと思っていた。その私の思いが実現されていて驚いた。
吉原を訪れる際の、大門の説明が抜けてた気がする。見返り柳は入ってたけど。
抑えめの演出で、甘納豆は入っていない。
おかみと花魁たちに捕まった若旦那、「病気が移る」とは言っていなかった。ただ若旦那、女郎買いはカサ買いだと口走り、花魁たちの気分を悪くする。
時間を15分オーバーする熱演であった。
ただこの大作は、おさん師の怪しさだけではちょっと手に負えない気がした。
もうちょっと、目に見えるプラスアルファが欲しかった気もしますが。

それでも全体通して、この日も大満足の池袋でした。

作成者: でっち定吉

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