御茶ノ水太陽の花いちとしん華(下・柳家花いち「お見立て」)

しん華さんがこの日自販機で水を買ったら、コーヒーが出てきたそうな。
しかも、その自販機にないはずの銘柄が。
トークのおしまい付近で花いち師がしみじみ言う。
しん華さんも激動の人生だよねと。上がって下がって、でも頑張っているという。
まったくそうだよね。

一度引っ込んで、しん華さんから登場。
トークではマスク姿だったが、マスクを外し、口元を手拭いで覆いながら。

トークで盛り上がったところだが、さらにマクラで芸協の話をいろいろ。
四谷のお稲荷さんはお岩さんを祀ったところ。私も怪談噺をやったときはお参りに行きました。
噺家もよく行きます。なぜか桃太郎師匠が行っています。
蝠丸師匠は面倒くさがって行きません。でも高座から落ちて大ケガした次の年だけ行きました。
その年の画像を、毎年見せられます。
それから、薄い信仰心の婆さんが地獄に堕ち、閻魔さまと掛け合う小噺。

四谷のお稲荷さんの門前を舞台に、ぞろぞろ。
今まで聴いたものはすべて浅草の北だったが。好楽師は具体的に「太郎稲荷」でやっていた。
落語協会の型ではない。私の好きなハッカ菓子のくだりなどはない。
もっとも、型がどうこうの前に、徹底して作り込んでいる。
門前のさびれた茶店の婆さんは、隙あらばシャレを言おうとしている人。シャレはほぼ忘れた。
そして、ジジババ二人の発声が、もろにまんが日本昔ばなし。
市原悦子の声で婆さんを演じるしん華さん。

聴きながら思う。ああ芸協で、伸治門下でこの人は本当によかったんだなあと。
昨年しん華さんの後に上がった柳家小八師もそう言っていたが、まったくだ。
歌る多師の弟子のままじゃやりづらかろう。ふざけた落語は許さなそうだもの。
でも先代圓歌の系統なんだから、こんな孫弟子いてもよかったと思うが。

後半は意外とスピーディ。軽くぞろぞろっとサゲる。
不思議な一席。
本寸法寄りの落語ファンは苦手に感じるかもしれない。
でも創作力に溢れる人。
演者の天然ボケが払拭できず、創作力がちゃんと刺さるかどうかの検証を行うのが一番の課題みたい。

続いて花いち師。
マクラは花緑一門の新年会について。
師匠にひとりひとり挨拶し、お年玉をもらう。
お年玉は千円。弟子が少ないときは1万円だったんですけどねと。
勧之助師あたりが悪ノリで、緑也師に、「もう1回行け」と。
緑也師もノッて、頭にタオル巻き付けて再度師匠の前に。
師匠、ツッコむでもなく冷たく「二度目はダメだから」。
その後、新年会でひどく落ち込んでいた緑也師。

花いち師のマクラは本当に面白い。たとえ大した内容を語ってなくても、演者が面白い。
そのままのムードで「お見立て」へ。
古典を聴くのは3年振り。

花いち師、今のところ寄席では新作派とみなされているようだ。そのほうが出世には有利だろう。
その分、勉強会では古典を出したいのだろう。
この人の古典、非常に面白い。新作派でも古典は必ず活きるはずである。
無理に崩すのではなくて、「おとぼけ演者がマジメにやる」というイメージ。
表面的には本寸法なのに、ズレが絶妙。
兄弟子、おさん師のスタイルと似ている。

お見立ても完全なコメディなのだが、やはり壊してはいかない。
骨格は本寸法。
だが、演者が棒読み。棒読みの本寸法が思わぬ面白さをもたらす。
棒読みで弾まないため、客は噺を好きなように取り込むことができるのだ。
とはいえ、若い衆の喜助が一瞬顔を歪めるだけで、花いち師の好きな客は一斉に笑うんだけど。

押しつけのまったくない芸である。
杢兵衛大尽も、あまり詳細には描かない。演者の都合でもって客に感情の変動を強いる芸ではないのだ。
花いち師のお見立てを聴き、私がこの噺、もともと好きでない理由がわかった。
この噺、「花魁が病気⇒実は死んじゃった⇒お墓参り」という状況のエスカレートに連れて、演者が客に期待する心持ちがあらかじめ定められている気がするのだ。
定まっていない五人廻しのほうが好き。
花いち師はなにせ棒読みなので、客に心持ちを強いらない。

古典落語の展開を大胆にいじったりはしない。ただ1か所。
喜助は喜瀬川花魁のことを、「どこが悪いかというと、性格」などとぶつくさ言ってるわりに、密かに気がある。
花魁に優しく頼まれると実に弱い。それで無理難題に挑んでしまう。
花魁との将来を妄想して、笑顔でふすまを開ける、火焔太鼓みたいなシーンがハイライト。

お墓の前で、「バレませんように」と事前に拝んでいる喜助。
パンパンと手を叩くボケ。ツッコミはなし。

しかし、棒読み古典も相当勇気がいると思う。この人だって、必要があれば落語の演技を入れるのだけど、あえて。
ここで客に拒絶されたら全部ダメだもんね。
それでも、埋没するような古典落語をやっても価値がない。

この一席で終わりなのかと思ったら、花いちさんが座布団を返す。仲入り休憩があった。
最後に一席しん華さん。
北区議会選挙に出るご贔屓に仕事を頼まれたそうな。選挙と関係ないただの落語会だと思うけど、街頭演説に参加させられたらどうしようと。
ちなみに話題の当代圓歌師は、昔鹿児島の選挙に出る直前まで行って、先代圓歌に止められたんだって。
というわけで、北区の落語を。北区の落語は王子の狐だけでしょうね。
この噺、何度かチャレンジしているがイマイチなんだって。
そんなに悪くもなかったけど、一席終えて首を傾げていた。
創作力を発揮するシーンが見つからなかったという感じだ。

私服に着替えた花いち師とアフタートークで、「首を捻っちゃいけませんね。堂々としてないと」と反省し合う二人であった。

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作成者: でっち定吉

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