柳家圭花の会(下・「猫久」)

圭花さんの世界のことわざ集、一席の落語に仕立て直したらいいのにと思った。
うんちくものとして登場人物のセリフで語ってツッコむと、古今亭今輔師の落語っぽくなる(例:群馬伝説)。
古典珍品やるなら、新作もいいんじゃないですか。兄弟子の花飛さんも、珍品と新作の両刀を目指しているみたいだし。

2席目は、人を「犬猫」に例えた反応を振って、猫久。
昨日書いたとおり、一度聴いてるのだけどずいぶん見事にブラッシュアップされていたので、前回のものを忘れていた。
前回書いたものを参照すると、猫久のかみさんのことを「変わっている」と言う自分のかみさんに、八っつぁんがしっかりツッコんでいるのが気に入らないと書いている。
ちなみに、比較の対象は柳家喬太郎師。
キョンキョンと比べちゃいけないが。猫久という珍しい噺を私がしっかり認識しているのは、ご自分の番組で流れた喬太郎師があってのことなのだ。
今回の圭花さん、ツッコミが強くなくて、世界が平和だ。じわじわ染み入ってくる。

珍しい噺とはいえ、猫久は「オウム返しの失敗」を扱った、本質的には非常に落語らしい噺。
落語世界の芯を食ってるのにも関わらず、「猫の野郎、なにをそんなに腹を立ててたんだろう」というところに気持ちが向いてしまうのが難点か。
私は気にしないことにしてます。むしろ、大事件を尻目に床屋に出かける呑気さを味わいたいなと。

唯一引っ掛かったのが、お武家さまが話のわからない八っつぁんに「猫とやらはお主の朋友か」と四度も五度も訊く場面。
そのたびに八っつぁんの反応を替えるこのシーン、演者が楽しんで厚めにしているのはわかる。でも、そこまで意味がわからなかったらお武家様も言い方考えろよと思ってしまった。
コミュニケーションギャップを笑う落語の機能が主客転倒し、笑いのためにコミュニケーションギャップを放り込む格好になってしまうと不自然なのだ。
まったくもって落語とは難しい。
演者は別にクスグリを多く仕込んでいるわけではなく、とっておきの場面で集中して使っているだけだ。その「とっておき」が気になってしまう。

ただ、ここ以外は実に味わい深く、よかった。珍品ではあるが、珍しさに頼らずしっかり面白い。
オウム返しをする八っつぁん、よく考えればお武家の発言がほとんどわかっていないわけで、なのになんとか記憶に頼って話そうとする。
この本来不自然なシーンは、実に自然だった。八っつぁんが必死に思い出している感じが出ているからだ。

猫久がいかに難易度の高い噺なのか、私のバイブルである「五代目小さん芸語録」には詳しく書かれている。
その噺を語って、ちゃんと客を楽しませている圭花さん、偉い。

一席終わって仲入り休憩が必要かどうか客に訊く圭花さん。
結局、やりましょう、やって早く終わりましょうと決意する。もっとも終演時間は19時31分程度で、ややオーバー。
演者によっては正座がつらいということもあるが、圭花さんは1時間半続けても平気らしい。

占いの話。コロナ前はよく上野に、「手相を勉強中です。あなたのを見せてください」という人がいたという。
それから後輩の春風一刀さんの話。一刀さんは占いをかなり信じるほうらしい。落語会のタイトルの字数まで気にする。
一刀さん、占い師に方角を見てもらって、高円寺・荻窪あたりに住むつもりだと圭花さんに話す。
圭花さん、疑問に思う。方角があってればいいのなら、もっと遠くでもいいんじゃないの。
「でも、新宿が近いですから」。なんだそりゃ、結局占いと言いつつ自分の意思が入るんだと。

占いの噺といえば、御神酒徳利しか思い浮かばない。そうでした。
らくごカフェで前回圭花さんの猫久を聴いたとき、トリのおさん師が掛けていた演目。
柳家の御神酒徳利は、「占い八百屋」という別題のあるもの。
出入りの八百屋さんが、女中へのちょっとした復讐のために徳利を隠し、そろばん占いで見つけて感謝される。
だが腕を見込まれて、三島までの旅に連れていかれる羽目になってしまう。

この噺の唯一引っ掛かった点も、猫久と似ている。
旦那に旅に一緒に行ってくれと頼まれるくだりを、厚めに描く。
この目的意識もよくわかる。何度も頼まれるたびに八百屋の反応が違うわけだ。だが、もっと軽いほうがいいのになと。
おさん師のものはもっと軽かった。

ただ一度厚めにしている分、小田原宿での思わぬトラブル解決のくだりは描きやすい。
ここでは無理難題を吹っ掛け、はしごの用意までさせるわけで。

全般的に見ればしつこさはなく、とても聴きやすい一席。
この八百屋さん、小田原宿の思わぬ成功が原因で、ついに逃げ出してしまう。
「逃げた後どうなるのだろう」と考えるのが普通かもしれないが、軽い描き方だと、そんなことは気にはならないのだった。

というわけで、柳家圭花さんの独演会、なかなか面白かった。
技術はしっかりしているし、いつも内容の向上に余念のない人。なので今後も期待します。
人気が出るかどうかは、マクラ次第かなと。

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作成者: でっち定吉

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