番町寄席・立川流落語会(立川吉笑「一人相撲」)

縄四楼 / 寿限無
談洲  / つる
吉笑  / 一人相撲

年明けに、仕事の隙間が生じて神田連雀亭に赴いた。
その際、たまたま千代田区の掲示板を見て、この「新春一番!立川流落語会」を知った。東京かわら版には出ていない。
無料落語愛好家の丁稚定吉としては、知った以上逃せない。ひとつ行ってみましょう。
昨日、1月11日の会である。
ちなみに掲示を見た日の連雀亭は、大外れでした。

この番町寄席には立川吉笑さんが出る。あとは二人の前座だが。
立川流は四派の中で、私は行く機会がもっとも乏しい。だが、天才かもしれない吉笑さんなど注目芸人もいるのだ。もっと聴かないと。
吉笑さんは一度連雀亭で聴いただけだが、その高座には圧倒されたものである。
会場のいきいきプラザ一番町は、老人ホームやらデイサービスやらの複合施設。当然年寄りだらけ。
だが、年寄りだらけの無料落語会というもの、私は好きで結構訪れている。
番町寄席は、2か月に一度やっている伝統の会なのだそうだ。

そこそこの広さがある地下のホールだ。横より奥行きのほうが狭いが、同じ形状の池袋演芸場よりは広い。
見やすいように座席に段を付けているのはいいが、仮設なのか、人が通るたびにミシミシいう。開演中は気にならないけど。
最前列は、デイサービス利用者用に空けてある。この点ちょっと悪い予感がしたが、案ずるほどのことはなく、わりとまともに落語を楽しむ年寄りたちだった。
さすが番町、土地柄がいいのだな。亡くなった三代目圓歌も住んでいた。
年寄りもやればできるじゃないか。スタッフも距離感がほどよく、いい印象。
やっぱり、文化が日常的に溢れている地域は無料でも違うなあといたく感心した。半蔵門駅を挟んだ反対側は国立劇場・演芸場だしね。

少々不規則発言をしたりして、係員に注意されて途中退席している車椅子の婆さんなどもいたけど。
開演時には満員である。
出ているメクリにはすでに「立川吉笑」と書いてあるがトップバッターではない。
開演前に、いい声が5分前のアナウンスを知らせる。この男性、舞台に出てきて前説。
青空遊歩という芸人さんで、この人の名前もメクリに書いてある。
芸人としてはまったく知らない人だが、司会はやたらと上手い。
今日は立川流の落語会ですと。立川小談志師匠に、顔付けを手伝ってもらっているそうな。
落語協会は一般社団法人、落語芸術協会は公益社団法人、そして立川流は宗教法人です。客、笑い。
数年前、この会には神田松之丞も出たそうな。今日の主役吉笑さんも、松之丞さんのようにきっとブレイクするでしょうと。
それから、前座が二人出るのでぜひスタンディングオベーションで迎えて下さいと。
それに応じて、ほんとに前座二人にスタンディングオベーションをする素直な年寄りたち。いいよ、しなくて。
歴史のある会なので、昔は文人が揃った客席のほうが賑やかだったりしたのだとか。野末陳平もよく楽屋に遊びに来たそうな。

立川縄四楼「寿限無」

前座が二人出る。司会の言う通り、スタンディングオベーションで迎え入れる素直な客たち。
まず、談四楼師の弟子の縄四楼さんで寿限無。沖縄出身で、入門して間がないらしい。
沖縄出身者には、談笑師の弟子の笑二さんがいますと。今日のメインの吉笑さんの弟弟子っていえば済むのにな。
落語のほうは、現状、論評に値するレベルではない。
それでもオヤと思ったのは、前座には実に珍しく、変な欲がまったくなさそうなこと。頑張ってギャグでウケてやれという気負いがない。
こういう素直な人こそが、もっとも大成するタイプでは。どこかで勘違いを起こさなければ。
ギャグをかませばウケが取れると勘違いしている前座を観ると大変腹が立つ。だが、現状つまらなくても、こういう素直な前座は微笑ましい。
談四楼師に、いい評判の弟子がいると聞かない点だけ気になる。談四楼師、同期の小朝師・権太楼師をしばしばdisるけど、二人とも立派な弟子を育てているから大差がついている。
珍しく、NHK標準バージョンの寿限無だった。ただ、雲行末水来末風来末を、「うんぎょうばつ・すいらいばつ・ふうらいばつ」と発音する。ふうん。

立川談洲「つる」

それからやはりスタンディングオベーションで迎えられる談洲さん。読みはだんす。
小学校で必須になった、ヒップホップダンスの講師ができるんですと。
この人は、本日主役の吉笑さんの弟弟子。2017年の入門だから2年。すでにずいぶんと口慣れていて、二ツ目っぽい。
まあ、談笑師のところは入門時に因果を含めていて、将来性がない場合はごく普通にクビになるから必死なんだろう。
でも、談春師のとこみたいにいきなりクビにされるよりは、このシステムのほうがお互いのためだ。

マクラもちゃんと振る。志の輔師と同じ、富山県の出。しかも同じ射水市出身。
その話をすると、立川流の先輩には一目置かれるらしい。
父ひとり子ひとりで育ったそうで、そのお父さん、もう年寄りなのだが、書店の店員さん(30代)との関係を、徐々に深めているらしい。

本編は「つる」。
隠居のところに八っつぁんが訪ねてくる。隠居「また名前を付けて欲しいのかい」と、先の寿限無を引いて笑わせる。
ツいてるじゃないかと思ったのだがギャグにするんだ。
隠居が嘘をつく理由、八っつぁんが友達に話に行きたくなる理由がそれぞれ非常にスムーズなつるであった。
この噺、どちらかがよくわからないことが多い。ひどい場合には両方わけがわからない。
そういうシュールな落語として描くのなら別にいいのだけど、非常に中途半端なことが多い。
八っつぁんが、隠居の話を嘘だと知っているがあえて広めに行くという演出もある。枝雀由来。これなどまったくわけがわからない。
談洲さんには、噺の特性がちゃんと肚に入っているらしい。
といって、理由がくどいこともまったくない。
前座としては大変結構な、面白いつるでした。実際私も、二ツ目さんの落語を聴いた感覚だ。

立川吉笑「一人相撲」

そしていよいよ吉笑さん。
時間は35~40分くらいだったかな。
吉笑さんは普通に登場。多少立ち上がった人もいたが。
私もスタンディングオベーションで迎え入れられたいと。
袴姿だが、正月に限らずいつも袴なのだろうか。TVで着ていたのも、また前回聴いたときもこの衣装だった。
着物持っていないわけじゃないだろうけど。
(※ のちに玉川太福さんがラジオで語っていたところによると、本当に着物持っていないらしい。本人のこだわりで)
宗教法人立川流を今年もよろしくと挨拶。私たち芸人が出家信者、ファンの方が在家信者です。
宗教法人云々は別にして、軽く違和感があるな。
たとえば春風亭昇羊さんが「落語芸術協会をよろしく」なんて言わないと思う。
立川流と同じ小さい組織である、円楽党の人だってそんなことは言わない。先日神田連雀亭で三遊亭楽大さんが、「両国寄席をよろしく」と言っていたぐらいだ。
やはり立川流は特殊だな。吉笑さんは、立川流のフィールド以外での活躍のほうが多いと思うのだけど。

それはさておき、昨年酔っぱらって骨折したマクラから。吉笑さんは、マクラは完全な東京弁。
朝になって骨折に気づき、仕事もあるので早めに治療しなければならないが歩けない。なんとか近所の医者にタクシーで向かうが、いきなり半地下構造で階段を必死で下りる。
この医者、内科小児科がメインで、整形外科はついでにやっている感じ。松葉杖も、吉笑さんが請求しないと貸してくれない。
河北総合病院への紹介状を書いてもらってようやくそちらで骨折が判明したそうで。

このマクラにいたく感心した。
十分面白いが、常識を裏返すものの見方があったりしたわけでもないので、内容に格別感心したのではない。
ではなにか。マクラのリズムがとても心地いいのである。
リズムのいい噺家はたくさんいる。だが、マクラからいきなりリズムのいい噺家は、そんなに無数にはいないと思う。
何人かマクラのリズムのいい師匠が思い浮かぶが、共通点は、マクラの内容が噺として完成されているということ。
林家彦いち師匠のマクラなど、すべて作品であって、師の得意なドキュメンタリー落語の一部をなしている。こういう人のリズムのよさはよくわかる。
だが吉笑さんのマクラ、もちろん繰り返し高座に掛けているのだろうが、まだ作品にまで昇華した感はない。
だからこそ感心したのだ。日常の話を、リズムをもって語るすごさに。
これは、日ごろからリズムのいい言葉を選び抜いて喋る人でないとできないと思う。

落語のリズム自体にもいろいろある。吉笑さんの持つリズムとは抑揚のことではない。言葉の字数が、俳句や短歌のように調をなしていて心地いいのである。
言葉自体をよく知っていないとこんな喋りはできないはず。
先日の落語ディーパーでも、その教養を見せつけていた吉笑さんならでは。

マクラの終わりに、笑福亭松鶴と九官鳥のネタを。
立川流の楽屋では、こんな話が溢れていて楽しいのだという例として。
鶴瓶師が話していて有名なネタだけど。語り口がいいので非常にウケる。

落語ディーパーで吉笑さん、新作と古典の比率は9:1で、しかも古典は地方でやると述べていた。
おや、先日聴いて衝撃を受けた「十徳」は珍しいほうだったのだ。
十徳は江戸落語だったが、大阪弁の本編に入る。江戸時代の大坂の商家の噺。
毎場所江戸まで相撲を観にいっていた相撲好きの旦那、商売に専念するため今年から止めた。だが結果が気になって仕事が手につかない。
あ、BSトゥエルビのミッドナイト寄席で聴いた「一人相撲」だ。江戸設定の新作である。
聴いた噺だが、嫌ではない。
ミッドナイト寄席、二ツ目さんを知るためのカタログとしてはいいのだけど、なにしろ無人の日本橋亭で撮っているだけに、全般的なデキがもうひとつ。
本物はもう少し面白いぞと思うことが多い。
ただ逆に、この番組で面白い高座を務めた人は間違いなく上手い。吉笑さんもそう。

気の回る番頭が命じたので、奉公人たちが旦那の替わりに江戸に行った。回向院で相撲を観て、その模様を旦那に伝えるため一生懸命東海道を走って帰ってくる。
だが、どいつもこいつも観てきたはずの相撲の観点がずれており、旦那には情景がまったく伝わらない。そもそも千秋楽結びの一番の結果すらわからない。
番頭いわく「足の速い奴はアホなんですわ」。
最後の最後、山賊に捕まってようよう帰ってきた奉公人だけは話が上手いのに、なぜか行司目線で相撲を観ている。
この噺には、隠しテーマがある。それは、他人に映像を伝える話芸のすごさについて。
つまり、噺家が客に対してすべき作業を、この噺の奉公人たちは与えられているのだ。
結びの一番を最後まで観ず(なんでだ)、旦那にいち早く伝えようとフライング気味に帰ってくる奉公人(熊だったかな)は、箱根の下りで後から来る奉公人に抜かれてしまう。
余計な現代視点のツッコミは入れないが、客には駅伝ネタであることがわかる。
そして、こいつがアホなくせに、下りで抜かれる描写だけやたらリアルで、旦那にも、客にもその情景がありありと想像できるのだ。
一人相撲というタイトルは、サゲで出てくる。

最後に青空遊歩さんが再度出てきて、吉笑さんのために客にスタンディングオベーションを指示。
まあまあ、座って下さいと吉笑さん。
短い会だが、吉笑さんのおかげで非常に楽しいものだった。また来ようかな。

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。