太田えきまえ寄席(入船亭扇辰「徂徠豆腐」)

圭花 / 浮世根問
あずみ
扇辰 / 徂徠豆腐

土曜日は太田まで落語を聴きにいく。蒲田や大森の駅前じゃないです。それは大田区。
群馬県のSUBARU城下町、太田です。入船亭扇辰師を目当てに遠路はるばる。
この毎月落語協会員を呼んで開催の会、前々から東京かわら版を見て気になっていたのです。
最近町田や本厚木に出向いたのと同じく、現地に仕事を作る、ショートトリップシリーズ第3弾。落語会の料金は、なぜかどれも500円。
まあ、今回は仕事が欲しくても、そんなにはない。仕事で交通費ぐらいはかろうじて捻出できるという程度で、落語がメイン。
落語会は2部構成なので、両方聴くというのもアリだが、1部だけでもいいでしょう。
もともと、この日は黒門亭に行くつもりでいた。
黒門亭1部の主任は柳家小せん師で、「盃の殿様」ネタ出し。2部は橘家文蔵師で、「ねずみ穴」。
どちらも大好きな師匠だが、三K辰文舎のもうひとりを聴きに上州へ。
今年は、扇辰師匠をたっぷり聴こうと思っているのです。鈴本トリの「五人廻し」、池袋の「紫檀楼古木」に次いで3か月連続だ。
赤城おろしを警戒したが、小春日和でぽかぽか。

太田へのアクセスは、東武の「りょうもう」号が本寸法だが、それには乗らない。普通列車で。
久喜から館林の区間、電車は人もまばら。のんびりした景色を見ながら、忘れていた大事ななにかを思い出した気がします。丁稚旅情。
久々に読書も進んだ。
乗り換える館林から先は、ワンマン運転2両編成で結構混んでいる。
そういえば、群馬県は噺家を多く輩出している。昔は先代古今亭今輔。
今は、三遊亭竜楽、立川談之助、春風亭勢朝、当代今輔、古今亭駒子、林家つる子に柳家小もん。あ、談四楼。

立派な太田駅は5年ぐらい前、サラリーマン時代に一度降りた。駅前に、えきまえ寄席の会場、太田市美術館・図書館がある。2年前にできたばかりの立派なデザイン建築。
ひと昔前にありがちな、隣の市に対抗して建てた誰も来ないハコモノとはレベルが違う。目論見通り人がちゃんと集まってきてるし。
会場に行ってみると、「チケット売り切れ」という無常の張り紙。甘く見てましたな。そりゃまあ、二ツ目さんじゃないから。
訊いてみたら、キャンセル待ち次第で入れるとのこと。
開演を入口でじっと待つ。係員がチケット枚数を数え直し、キャンセルが出ているのを確認できたので入れてもらう。ああよかった。
とはいえ、絶対に入れると信じてドンと鷹揚に構えておりました。若旦那のように。
若旦那は3時間近く掛けて普通列車で群馬まで行かないけど。

会場は窓に黒いカーテンを掛けていて暗い。非常に高い位置に高座がしつらえられている。演者さんの影が後ろに映るのは面白い。ライオンキングみたい。
ツイッターには、えきまえ寄席完売って出てました。まあ、読んでたら行かなかったわけで、結果オーライ。

柳家圭花「浮世根問」

開口一番は柳家花緑一門の二ツ目で、圭花さん。前座は不在。
花緑一門は私の一押し。もちろん異論はあるだろうが、私に言わせればみな上手い。前日の金曜も、連雀亭で吉緑さんを聴いた。
圭花さんは初めてだが、当然に期待する。
非常に明るく、いい意味で軽い人。名前から、可愛い女の子だと思われるがこんな男ですみません、マイナスからのスタートですと。
しばしば、マイナスを取り返す前に終わりますとつかみOK。
お祭りに呼ばれ、屋外で虫に囲まれながら一席演じたというマクラ。あ、その祭りに一緒に行った兄弟子、花いちさんから同じマクラを聴いた。
兄弟弟子どうしのマクラがシンクロし、なんだか嬉しくなってしまった。
敬老会で落語を披露するネタ。噺家さんの共通財産というべきネタだが、妙に楽しい。
ご隠居と八っつぁんの会話。道灌でもつるでも一目上がりでもなく、なんと浮世根問。
もともと前座噺だろうが今はすっかりすたれてしまっている。生で聴くのは初めて。さらに嬉しくなってしまった。
フルバージョンで「モウモウ」。宇宙がべたついてそこから先へは進めないくだり、さらに仏壇まで。
会話のやり取りだけでできている軽い噺で、特筆すべき盛り上がりもないけども、落語らしく実に楽しい一席。
ご当地クスグリがあった。極楽は西の方だという隠居に八っつぁんが、「みどり市とか?」。

林家あずみ

続いて林家あずみさん。高座は初めてだと思う。
色物さんだから、一度テレビでネタ聴いてしまうと現場でも同じネタを聴くことになるのは仕方ない。
フィリピンパブへのスカウトとか、マレーシア人観光客に間違われたりとか。
それはそうとネタの中で、師匠たい平に対する溢れる敬意が実に気持ちよく響く。皆さんには教えられない師匠の姿も見てきたが、それで敬意がなくなることはないのだと。
噺家の世界の師弟関係が大好きな私は、こうしたのを聴いて密かに感動するのです。
師匠をdisって笑いを取るというのは結構普通だが、師匠が好きで仕方ない弟子は、客前でわざわざ師匠の悪口など言えない。なので「こんな師匠は嫌だ」という架空の師匠ネタをやっているのだろう、きっと。
「せっかく群馬に来たので」長崎ぶらぶら節。そして、おてもやん。
時間が長いので、地元の京都で水泳のインストラクターをしていたときの経験談という、聴いたことないネタも入っていた。
この後、2部でまた違うネタを掛けるんでしょうね。
楽しい一席。

高座返しは圭花さんが担当。
圭花さんにもあずみさんにも「待ってました」と同じ客が声を掛ける。野暮だねえ。
トリの師匠だけ、または一人に対してだけなら別にいいけど。
もっともそれ以外の客、当然ながら爺さん婆さんばかりだが、わりといい客層。圭花さんのときに携帯鳴らしてる客もいたりはしたが。
地方でも、たびたび落語を開催していると客層は明らかによくなるということがわかる。会場を暗くしているのも心理的にいいのかもしれない。
逆も真。東京都内でもひどい客の会もある。寄席が近場にない地域が危ないという仮説を立てている。

入船亭扇辰「徂徠豆腐」

圭花さんが20分、あずみさんが15分だったか。扇辰師の持ち時間は45分以上と思われる。
扇辰師には、また同じ客が「待ってました。人間国宝」。自分では粋だと思ってるんでしょうな。掛け声でウケを狙って噺家の上前をはねようとする了見が、すでに全然ダメ。
扇辰師はこれを受け、「人間国宝だなんて、大きな勘違いです」。無視はできないが、あまり膨らませたくはなさそう。
そういえば扇辰師、2月中席は鈴本と浅草に出ている。太田に来たこの日は当然代演が入るわけだが、鈴本で代演の師匠が来なくて、黒門亭でトリを取ったばかりの柳家小せん師が頼まれて急遽小走りで向かい、ゼエゼエ言いながら一席務めたそうな。

会場に触れて、「最近できたんですか? 私は太田には5~6度寄せていただいてますが、こんな立派な会場は初めてです」。
寄席のトリのときにもいつもやる、お土産感謝マクラ。
今日あったかいですねと。開演前、師は近所のなにやら商店(客は知っている)の喫煙所でタバコ吸っていた。あああったかいな、なにか落っこちてないかなだって。
そこから、寒いときに活躍する豆腐売りの話。
11月の寒さが沁みる中、朝から豆腐を売り歩く上総屋。師の十八番、徂徠豆腐だ。生で聴くのは初めてだし、悪くないですね。

困窮の荻生徂徠がたっぷり豆腐を食う演出。ずいぶんクサくやるので、地方だからかなと一瞬思った。
今はどうか知らないが、昔の噺家はそうだったと聞く。だが、地方だからではあるまい。持ち時間が長いからだ。
しかし、そもそも徂徠豆腐ってそんな長い噺だったっけとも思う。もしかしたら2席やるのかなと。
でも、実は長くできる噺なのだ。
長いといっても、知らないエピソードが加わっているわけではない。場面場面が丁寧なのだ。だからといって、目でも楽しめる扇辰落語、決して退屈したりはしない。
冒頭の、風に当たるシーン、冷たい水に手を突っ込んでこらえるシーンがいかにも扇辰師だよなあと思う。寒さをこらえる表情もまた楽しい。暖かい日でも問題なし。
そして上総屋が、カミさんにたびたび袖を引かれてつっころぶパントマイム的所作がすばらしい。

昨年聴いた、三遊亭竜楽師の見事な徂徠豆腐の印象がまだ残っているので、聴き比べてより楽しめた。同じ噺でも、雰囲気は相当違う。
竜楽師のものは清廉潔白な徂徠の印象が強い。
いっぽう、扇辰師の個性の見せどころはなんといっても、上総屋の弾ける江戸っ子振りにある。
扇辰師の人情噺は、なかなか他にない感じ。扇辰師は、とにかくしんみりさせることを嫌う。人情噺なのに。
しんみりさせたがる噺家さん、多いと思う。しんみりさせれば仕事をしたことになる、と思っている二ツ目さんもいるのではないですかね。本当に泣かせるまでもっていけば、ある種成功だろうけど。
しんみりさせようとしない扇辰師、どんな仕事をするか。ギャグを入れるのである。
でも、滑稽噺ではないので、やたらと楽しいギャグは入れない。むしろ、即効性のクスグリより、「面白い展開」を入れる。カミさんが袖を引いて、「がんもどきも付けておけばよかったのに」。
そのような落語を聴く客は、しんみりせず、大笑いもせずということになる。互いに打ち消し合ってどっちつかずになりそうな気もするではないか。
でも決してそうはならない。どういうことか。
しんみりするのも、ちょっと笑うのも、どちらも人間の感情におけるプラスのムーヴメント。
しんみりしそうな上にギャグを足し算する。するとプラスの感情だけが積み重なる。そういうことだろう。
そしてこのほうが、実は人情噺としてよりグッとくるのである。笑いの感情と一緒に、人間の出逢いの素晴らしさがニョキッと顔を出すのだ。
素晴らしい演出。まさに扇辰マジック。
再開する徂徠と上総屋のシーンにおいて、ギャグが続く中で、私もまたグッとこみあげてくるものがあるのでした。

ちなみに、お抱え学者になって出世した荻生徂徠が、上総屋と再会するのは2月16日。つまりこの日。思わぬ仕掛けに笑う客。
徂徠豆腐の客が、芝から日本橋、さらに浅草まで延びたというクスグリ、これにも客はちゃんと笑う。
もちろん、東京の地理がしっかり頭に入っている人もいるだろうが、雰囲気で笑っている人もいるでしょう。東京の人だって地理が頭に入っている人ばかりではないので、別に雰囲気でよかろう。

遠くまで来た甲斐があった、楽しい会でした。
落語を1時間15分ほど聴いて、仕事を40分ほどで済ませ、また遠路を帰途につきました。
太田のグルメもなにも味わえてないけども。

作成者: でっち定吉

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