真打昇進は卒業なのか

先週金曜、吉原の落語会はすばらしいものだった。
扇風機のおかげで声が聴きとりにくいところがあったのと、寒さには参ったけれども。
そんなことを言うなら、寄席とでかいホールの落語会だけ行きゃいいわけだが。まあ、いろんな環境のいろんな落語があるのがいい。

先日、東京かわら版の柳家喬太郎インタビューについて2日触れたが、喬太郎師の高座がどことなくインタビュー内容にシンクロした気がした。
「軽い古典落語だっていいじゃないか。期待される喬太郎像とはちょっと違うかもしれないけど」みたいな師の意思を感じたのだ。
期待の矛先を決めつけさえしなければ、師の高座は常に楽しい。

ちなみに鈴本主任興行「オモクラ喬太郎」も行きたかったのだが。
鈴本で「わからない」を聴いた方たちでしょう。当ブログの「三遊亭円丈は上手かったのだ」という記事にも多数の訪問がありました。

さて、かわら版のインタビューから、まだネタを絞り出す。
インタビューの冒頭で喬太郎師が言う。真打昇進は噺家のスタートということになっている。確かにその通りではあるが、今や二ツ目の間では卒業式みたいになっているのだと。
だから、今は真打になってからのほうが大変なんだと続く。
二ツ目の一部にとっては、「卒業」とは確かにそうかもしれないと思った。
インタビューのこの先、「真打昇進=卒業式」というテーマに戻ってくることはなかった。
それでもこの一言だけをヒントに、今日の記事を作ってしまう。

真打昇進までは15年程度。
これをスタートというには、いささか助走期間が長すぎるのではないだろうか。
これだけ長い間やっていると、将来性があるかないか、とうに判明している。これはどんな業界でも同様だけど。
というか二ツ目以前、前座のうちにおおむね判明しているのではないか。
前座の能力(最も大事な楽屋働きのではなく、あくまでも高座に限定)は、こんなところに現れ、差がつくと思う。

  • 大きな声
  • 教わった通りに喋ることができるという再現性、模倣性
  • しかしながら、目立たないところに工夫を入れてくる創作力
  • ウケもしないオリジナルギャグをブッ込んだりしない常識の確保
  • 抑えた演技力
  • 高座で喋る自分を俯瞰できている
  • 普通にやっていながら、客にどこか個性が見えること

かなり早い段階で大きな差がついて、その後一生埋まらないのが現実。
そしてダメな人は、自分のどこがダメかを把握できないままなので、差が開いていく。
ウケてないことだけはダメな噺家にもわかる。ただ、間違ったところに力を入れ、また壊れていくそんな悲劇も多々あったりして。
談志の言う「馬鹿は力の入れどころが違う」というやつ。

そして、自分で仕事を取ってきていい二ツ目時代。
天才現るとの評判のもと短期間で駆け抜ける人もいれば、才能がないので自分で見切りを付け、副業に精を出してそれが本業になっている人もいる。
二ツ目もピンキリだ。
キリのほうの人は、年功序列で披露目をやってもらっても、その後の活躍場所はほとんど存在しない。そして当人にもその事実がよくわかっている。
実のところ本業があっても、噺家であるという誇りはまだ捨てていない。でも、自己満足だけの場合も。

そんな社会においては、見切りは早いほうが幸せか。それはそうでもない。
二ツ目時代に受賞歴がない人でも、その後なんとかなる場合もあるからだ。
もっともそういう人の場合、一定の評価自体は元々ある。腐らずに自分のペースを保っていたらなんとかなったというケース。
結局、なんとかなると思われる要素がなかった人にとっては、大逆転は難しい。

謙虚でいれば先を示してくれる人は無数にいる世界だが、アドバイスを聞き入れる能力が不足していると、もうお手上げ。
そんな人であっても、師匠も辞めちまえとは言わない。噺家が溢れかえっている世の中においては、「俺は噺家」だという自尊心だけで生きていくことを否定はできないからだ。
ぐっと評価のレベルを下げて、「下手でも個性派として、思わぬコアなファン層がつく」将来ぐらいは否定はできない。
ついたところでさ、という話ではあるけれど。

なんとか真打にはなる。
将来性に悲観したらば二ツ目時代に廃業したっていいのだけど、その数は驚くほど少ない。だからいちいちニュースになる。
とりあえずはみんな真打になる。「とりあえず」が「卒業」という概念を導くのであった。
スタートなのにある種のゴール。

それでも、こういう人の中に寄席を、落語界全体を下支えしている人がいるのもまた事実。
誰も気づかない人がいるおかげで、氷山が大きくなる。
氷山の水面下スレスレ、世間からかろうじて見つけてもらえる人たちは、意外と上手かったりする。
その層にも着目していきたいものです。

作成者: でっち定吉

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