外的要因により不発気味になってしまったマクラだが、内容は非常に面白かったのだ。
落語会のあと、自費でボロボロの二千円の宿に泊まる夢丸師。
雨樋が途中で千切れていて、雨水が下の桶に落ちる音が夜中とても気味が悪い。
仕方ないので自ら庭に出て、桶を裏返す。
翌朝食堂での朝食時、カップルが昨夜のことを話している。
ヘンな音だったよね。あたし眠れなくて庭を見てたら、幽霊みたいな白い姿を見たの。
ひとりほくそ笑む夢丸師。
あらかわ遊園の観覧車ですら怖い私が、人を怖がらせた。
本編は、「恐怖」がテーマの臆病源兵衛。
またか。季節ものとはいえ、今月二度目だよ。しかもここ、いろは亭で聴いたばかり。
世間の落語好きの皆さん、臆病源兵衛聴いてますか?
あたしだけ、不自然に数聴いてるんじゃないでしょうか。
しかし、金原亭馬久さんとはスタイルの180度違う夢丸師の臆病源兵衛、被った感はまるでなくて、もうサイコー。
夢丸師からは初めてだし。
源兵衛は、まだ日の暮れないうちから家を閉め切って怯えている臆病だが、スケベ。
いつも思うのだけど、夏よりずっと日の短い冬はこの人どうしてるんだろ?
しかし終始せわしく喋る夢丸師の前では、こんな疑問を真剣に考える必要などない。
悪い相談はとっととまとまり、架空の女を餌に源兵衛を呼び寄せ、隠れている八っつぁんが脅かす。実にスピーディ。
いるはずの女がいない。散歩だよ。
散歩のわけないのだが、状況的に最もあり得ない嘘を平気でつくのが夢丸師の技法だと思う。
真面目にやろうとすれば、使いに出しているという嘘をつくところ。だが夜道に女を歩かせるのは変なので、やがて辻褄が合わなくなってくる。最初からバシーンと適当な世界を提示するのが夢丸イズム。
夜の怖い源兵衛、風に怯え、影に怯え、とにかく酒を飲みまくる。
この描写、最初から現実との整合性を無視して作っているので自由だ。
怖がる描写を出しておいて源兵衛に一言、「かぜ」とつぶやかせるだけで大爆笑。
実に楽しい。
怖さのあまり源兵衛、小便漏らして「わかばー!」。
すみません、面識ないのに配信で、と演者に戻って謝る。
世界観がふざけているため、八っつぁんが殴られて死んでしまっても、聴いている客にやっちまった感はまるでない。これ、すごい。
そうなると、実は生きてましたというネタバレを急ぐ必要はまったくなくなるのである。事実、明かされたのはずいぶん後だった。
死んでしまったことは受け入れ、極楽か地獄か正解を求めてさまよう八っつぁん。
ここももう、本当にスピーディ。根津の地獄の客や若い衆は極楽だと言うが、女は地獄だよと。
地獄の鬼婆みたいな軍鶏をむしる婆さんの後に、さらに知らないサゲがついていた。自分で作ったのかな。
これは書いちゃってもいいだろう。地獄の外れで、五右衛門風呂を楽しむ爺さん。八っつぁんがここは地獄か極楽か聴くと、「ああ、極楽だ」。
夢丸師の技法をひとつ発見した。
夢丸師のスピーディな会話の展開では、登場人物の入れ替わりが実に素早い。
この方法、「カミシモを瞬時に替える」と捉えると、テクニックとして浮かび上がる。瀧川鯉昇師などが使う手法。
だが夢丸師、さらに速い。
となると、カミシモが瞬時に入れ替わる感覚ではないのだ。登場人物が、ひとつのセリフを割って話している感じになる。
これが独特の浮揚感になるみたい。
根津を間違って、「根岸」と言ってしまう。根岸は師匠が住んでたところですだって。
こんなのはキズにもなんにもならない。
袖で聴いてる佐ん吉師、この噺を上方に移植できないか考えてるんじゃないだろうか。
上方に「地獄」と呼ばれた岡場所があればいいのだが、そんなものないだろうな。でも方法はありそうな気がする。
仲入り休憩を挟んでまた夢丸師。
ここで、佐ん吉師の出した「妻の酒」について初めて語られる。
大阪にも毎年呼んでもらってますと夢丸師。
動楽亭に呼んでもらえます。ちゃんとしたほうのどうらくていですね。
こういう余計なこと言っちゃうんだよなあと嘆息。
動楽亭は、いわゆる釜ヶ崎にある。大阪の人が、あそこを大阪と思って欲しくないと語る場所。
でもそんな安宿に好んで泊まる夢丸師。
最近は、女性専用の別館までできている。女性専用の別館には「男性立ち入り禁止」と書いてあるが同時に「どうしても入りたい場合は500円」。
芸協新作はたくさんあって、そんなにウケない。そんな代表を出しますとのこと。
なんと、二人会で芸協新作が二本。そして佐ん吉師がまた移植を考えているかもしれない。