亀戸梅屋敷寄席10(下・三遊亭好楽「三年目」)

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三遊亭萬橘「道灌」

仲入り後の三遊亭萬橘師は、早く好楽師を見たいファンの視線が痛いと自虐マクラから。
もっとも、声も掛かってたけど。このポジションで声が掛かることがいいとは思わないが。
例によって、眼鏡を外し、羽織を脱ぎ、しかしその二段階の節目がなんの切れ目も表していないという。

ご隠居と八っつぁんの会話。
ここから入る噺では、以前「一目上がり」を聴いたが、そうではなく爆笑の「道灌」。
どうしてこんなに面白いのか。
道灌もまた、私の好きな噺であるが、この噺の面白さ自体は本来、非常に落ち着いたところに位置するもの。だから前座さんに向いている。
でも萬橘師の爆笑道灌。
「道灌なのに面白い」ではない。「道灌はこうすればもっと面白い」なんだろう。
でも萬橘師の落語、一見破壊されたような芸なのだけどその実、「八っつぁんがどんなに失礼なことを言っても怒らない隠居」という、黄金のパターンを踏襲してもいる。
ちゃんとベースに、落語の会話の気持ちよさがあって、そこからギャグを積み上げていくのである。かなり丁寧な芸。
そして、面白さの大部分、実は緩急によるもの。喋る内容より、言い方が面白いのだ。

滑舌が怪しいのに早口の萬橘師、当然のように言い間違えるが、言い間違えても動じない。
間違えたのをギャグにするのはあざといが、そんな嫌らしさはないのだ。つっかえずにしゃべれば高揚感が出るし、多少失敗しても笑いが残る。
噛んで本人が動じないのはともかく、客にとってそれがマイナスに働かないのは奇跡に近い。

そんな芸だからアドリブ感満載で、隠居が八っつぁんのボケを拾いきれなくても気にしない。
だから八っつぁんが「へこの間」と言っているのに隠居はスルー。

三遊亭好楽「三年目」

好楽師、取材が入っているとのこと。後ろで写真を撮る人がいる。
師が石原さとみと一緒に収録した、東京メトロのCMが秋に流れるそうだ。
雑司ヶ谷界隈がテーマらしく、師の娘さん(たい焼き屋)も取り上げられるのだそうで。
テレビの取材もある。テレ東で、八番弟子の前座・はち好さんが取り上げられるらしい。
はち好さんは、元引きこもりという、落語界でも屈指のユニークな前歴の人。
元引きこもりだけに派手な場所の苦手なはち好さんが、東北(山形だったか)に1か月滞在して地元の人と触れ合う内容だそうな。
ぜひはち好さんにというテレビの御指名があったのに、最初断ろうとするはち好さん。
兄弟子たちも、せっかくなんだから出なよと勧める。
好楽師が断る理由を問うと「寄席がありますから」。お前が言うな。

好楽師、TVの取材が多いので自慢げなのかというとまったくそんなことはない。
しのぶ亭の独演会で、客が2名だった話を今回もする。

それにしてもはち好さんの話題から、この一門の優しさがしみじみと胸に染みる。
好楽師はあえて触れなかったが、引きこもりに基づく惨劇が続いた直後であるだけに。
先日、延々とブログで立川志らく師を批判してしまった。
別に、志らく落語が好きなファンの感性そのものをどうこういうつもりはない。だが落語界には、好楽師のような優しさに満ちた師匠がちゃんといることを忘れて欲しくない。
そうした部分を知らずに、あるいは無視し、志らくの暴挙を落語界のスタンダードに位置づけたうえで行動の是非を問うのは絶対に違う。
「落語界ってそんなもの」じゃないの。

それから十番弟子、この日もテケツにいたスウェーデン人のじゅうべえさんの話題も。
今度、好楽師とじゅうべえさん、スウェーデン大使館で落語会をするらしい。
七番弟子で、二ツ目に昇格したぽん太さんの名前もさりげなく出ていた。

そんな優しさに溢れた好楽師の本編は「三年目」。
決してマイナーな噺だという印象はないのだけど、実際にはそれほど聴かない。
好楽師の「日本の話芸」のVTRは持っている。
好楽師の優しい人間味が改めてよくわかる一席。
この噺自体そもそも、女のいじらしさと、男の優しさに充ちている。
サゲから噺ができていて、サゲが最重要という噺の骨格は、落語の中ではやや珍し目かも知れない。
だが、サゲに向かってまっすぐ突き進んでいく噺でもないのだ。この噺のサゲ、機能的には「あーなるほどね」では決してない。

こういう噺に魅力を感じているらしい好楽師、やはり人間味溢れる師匠だと思う。
落語は別に優しさだけでできているわけじゃない。毒があったって別にいいだろう。
だが、優しさを極めたところにある美しさ。
幽霊が出てくるフィクションの世界だからこそ、情が描けることもあるのだ。

この日の、恐らく初心者に毛の生えた程度のファンたちは、好楽師の魅力の本質がよくわかっている人たちだと思う。
大満足の亀戸でありました。

作成者: でっち定吉

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