林家たけ平「妾馬」(上)

また千葉テレビの「浅草お茶の間寄席」の話。
寄席の一部を切り取ったこの番組から、いい高座をいつも探している。
通常は色物含め3人の演者が出るのだが、先日林家たけ平師のトリの長講「妾馬」1本だけ放映されていた。
1本だけだとさすがに尺が足りないので、田代沙織さんとの対談と、お店紹介で埋めて。
なかなかよかったこの高座を取り上げます。

林家たけ平師は、正蔵師の惣領弟子。昨日取り上げたつる子さんは妹弟子。
生の高座にお目にかかったことはない。
浅草での顔付けが多いようだ。実際、浅草お茶の間寄席では実によく放映される。
東京かわら版を開くと、寄席以外でもたけ平師の名前をよく見る。
落語協会にたくさんいる「昇進後仕事の少ない真打」でないことは確かだ。
高く抜けて響く声もよく、非常にユニークな個性の人だと思うのだけど、決して好きではなかった。だから落語会にも行ったことはない。
放映される落語は地噺が多い。実際の高座も、たぶんそうなのだと思う。
地噺が嫌いなわけではない。地噺は、一般の落語のようにセリフで進めるのではなく、講談のように演者が前に出て進行する噺。
地噺における、たけ平師の地の部分が、なんだか好きでない。客に対して上から入ってくる人なのである。
先代圓歌や馬風師が客の上から入ってきてもまったく気にならないが、若いたけ平師だと、どうも気に障る。
客に対するタメ口とか、そのような細かい部分ではない、自分でもピンと来ないなにかが。

実はたけ平師を題材に、噺家の客への姿勢について批判記事を書きかけたくらいなのだ。
決して単純な嫌悪感に基づくものではない。いい噺家だという認識もいっぽうではあるので、いっそう気になるわけだ。
名前は出さないが、他にも数人、客に対峙する姿勢が気になる人がいる。芸協のベテラン師匠と、落語協会の女流二ツ目。
そういう人たちについて、じっくり考えてみようと一瞬思ったわけだ。
だが、この「妾馬」を聴いて評価をガラっと変えた次第。
ひとついいのがあると、噺家さんへの好き嫌いはガラっと変わる。だから書きかけた批判記事は封印する。

トリなのでたけ平師、地噺ではなくて、普通の古典落語。
真打昇進後のキャリアを考えると、浅草でトリを取るのは立派。同期で寄席のトリが取れているのは、他に台所おさん師だけ。
この妾馬に、聴き惚れてしまった。

なお落語は非常によかったが、浅草らしいというか、変な男の客の笑い声が終始被さっていて、これはとても気色の悪いものだった。
演者のせいじゃないが、そのハンデを割り引いてなおいい高座。
まあ、池袋でも変な笑い声に遭遇したことはある。悪気はないのだろうけど。

妾馬(八五郎出世)は、乱暴だが肚のない町人八五郎が、妹であり、殿様の妾であるおつるを媒介に、殿様と1対1で裸の付き合いをする噺。
人情噺としてやる人が多い。
この妾馬にもちょっとほろっとするシーンを入れているが、たけ平師はお涙頂戴に持っていく寸前でやめている。

この噺の乱暴な八五郎、結構難しい。噺家の誰も実際にはそれほど乱暴ではないし、無礼でもない。
乱暴キャラで売っている橘家文蔵師はやらないだろうか。聴いてみたいけど。

地噺の得意なたけ平師だけあって、妾馬の冒頭、つるが殿様に見初められるまでの説明が上手い。
この部分、ただの説明にしかならない。だから地噺的にギャグを入れる。
「余はあの者を好むぞ」から、浅草の街を歩き、道中に好む女のたくさん見つかる演者自身で笑わせる。高座に上がると好む女はひとりもいない。

たけ平師の八五郎は、まさにあるべき八五郎。乱暴というか、飼いならされていない、野性味溢れる男。
好んで悪態をつくわけではないが、発する言葉の効果については無頓着。だが、余計な肚がまったくないので、空気をほっこりさせるという、楽しいキャラ。
作り込んでいない、極めてナチュラルな八っつぁん。
もちろん、噺家の工夫がないという意味では全然ない。かなり苦労して作っているのだろうけど、その努力がまったくうかがえないという褒め言葉です。
もっとも、たけ平師の地も混ざってくるのだと思う。どんな人かは知らないが、少なくとも悪い人にはこんな人物造型はできない。

続きます。

作成者: でっち定吉

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