スタジオフォー巣ごもり寄席7(下・柳家小ふね「金明竹」)

吉笑さんの一席、マクラの情報量がすごいのだが、でも20分程度で短いのである。
続いて釈台が出てきて講談で、田辺凌天さん。講談協会。
女流の講談師は女性だとすぐわかる名前の人が多い印象だが、女性らしさのかけらもない名前。でも、宣材写真とは違いおかっぱにしてかわいらしい人。
長講「真柄のお秀」。烈女もの。
越前の真柄刑部は文武のうち文だけ優れた優男。息子は豪傑にしたいので、丈夫な女性が嫁に欲しい。
旅先でもって、怪力無双の女中を見つけ、本気でもないのだがつい嫁になれと言ってしまう。
本気にしたお秀は屋敷を訪ねてくる。
落語の浮世床、太閤記のくだりに出てくる真柄十郎左衛門は、この二人の間の息子である。

語り口が不思議に気持ちいい。日本講談協会の女流講談で聴くリズムと違う。
なにが違うのか明確にはわからないのだが、違う。私にはとても心地いい。
そして、余計なギャグを入れないのもツボにはまった。
また聴きたい。機会はあまりないかもしれないが。

トリは期待の柳家小ふねさん。まだ二ツ目になって1年。ここスタジオフォーの独演会にも寄せてもらった。
最近、大師匠小里ん門下に直ったそうだが、どういうことだろう。最近では、楽生師の弟子だった楽べえ(現・楽花山)さんが円楽師の直弟子になったという例以来か。
もっとも小ふねさんはもともと、小里ん師に弟子入りしたかったようだ。
私が好きな小もんさんの弟弟子になったわけだが、こんなに似てない兄弟弟子もないもんだ。

柳家小ふねです。趣味はありません。
趣味がないので稽古するかというと、しません。ボーっとしてます。
噺家になるのを親に反対されてます。親戚にも反対されてます。師匠にも反対されてます。

そして先日も聴いた、寄席のお客さんを能年玲奈と勘違いした話。
二度目でも爆笑。
若手がよく「この話面白いでしょ」と前に出ていって自爆しているが、大違い。まったく前に出ず、低いトーンで喋る手練れ。
高い技術を客に一切アピールせず、噺の土台作りに注ぎ込むのである。

おい松公、と本編に入る。
どこにも存在しない骨格だが、でも金明竹だ。トリなのに。
これがまあ、小ふねワールド炸裂の一席。
「おもしろ古典落語」と呼んでは、とても陳腐な気がする。
一般的には、登場人物の世間からのズレが笑いを呼ぶ。伝統古典としての金明竹だって、やはりそう。
だが小ふねさんは、世間と離れたフィールドで確固たる世界をまず確立しておいて、世間にちょっかいを出してくるのである。

小ふねさんの落語は、クスグリ大事。そういう認識でいた。
だが、少し違うものを感じてきた。
小ふねさんは、ルールがちょっと違うが、しかし成り立っている独自の世界を語る。
クスグリは、つまり違う世界の独自体系への、日常世界からの投げかけである。我々客が、日常世界にいるからこそ機能する。

小ふねさんがこしらえた金明竹と比較すると、既存のもの、誰がやってもご都合主義に映ってしまう。
本当はご都合主義でいいんだ。落語だもん。
でも、ご都合主義が許されている土台そのものが、小ふねさんの落語によって崩されてしまう。

外形的には恐ろしくトチ狂った噺だが、でも実は世界一、理にかなっている。
二階の掃除をまともにしない松公、なので主人が掃除を始め、そのため松公が店番をする。
次々来客があるが、主人は二階にいるので対応できない。
実に理にかなっている。松公にトンチンカンなやり取りをさせるために店番をさせるのが、通常の落語。
そういうルールではないのだった。

最初の雨宿りの客へは、松公「傘貸してやる、というか、あげる」。
猫を借りに来た客へは、傘の断りとまったく同じ断りをする。骨は骨、かわはかわ。
既存の金明竹(与太郎が機転を利かせて言い換える)がクラッシュした瞬間だ。
そして旦那を借りに来た客は、すでに松公の後ろに現れている旦那を見つけている。旦那、さかってるんだから出てきちゃダメと松公。

旦那が出ていって再び店番の松公へ、上方の男。
言い立てはごく通常のもの。だが松公に上方ことばが感染ってしまう。
あんた丁稚はんでっかと問われた松公、「私は松公です。世間からはバカと呼ばれてます」。

本当に面白い。既存の金明竹の「10銭やるからもう1回」なんて、いかに陳腐かよくわかる。
おかみさんは紙に書けと松公に言うが、結局書いてやしない。
さらに松公、旦那にどう伝えればいいんだよと困るおかみさんに、「なかったことにしよう」。
しかし帰ってきた旦那に見つかってしまう。

いや、すごい。
小ふねさんは、既存の古典落語を素直に聴けない人なのだろうか。必ず、ここはご都合主義でおかしいぞという部分を見つける能力の持ち主らしい。
こういう人がいると、古典落語のほうも立場ないよね。いままで当たり前に演じられてきた部分が、この人の手により陳腐になってしまうのだから。

楽しい小ふねワールド炸裂でした。
古典落語をある程度知っている人にとっては、もうたまらない噺家さんだ。
怒涛の1時間10分。満足です。

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作成者: でっち定吉

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