法の日落語赤れんが亭(入船亭遊京「時そば」)

無料落語愛好家のでっち定吉です。
前日は西新井まで(変なルートで)出かけてくたびれた。ひと晩寝たら生き返ったけど

土曜日、東京かわら版で見つけた要申込の会へ。
有楽町で、喬太郎師の好きなC&Cのモーニングカレーを食べていく。
京王線沿線以外では貴重な店だが、個人的に言わせてもらうとしょっぱいなあ。しょっぱすぎる。
わかっていたのについ食べてしまった。

法の日だそうで。こんなイベントもようやく再開したみたい。
落語はほんの一部で、法務省各局のPRイベントを実施しているのだ。
霞が関の法務局、赤れんが庁舎から中に入る。貴重な機会ではあるね。
メールで届いた案内では、日比谷公園側から入れるようなことが書いてあったけどな。
国はウソツキだ。なんてね。

手荷物検査もある。
20人限定ということだったが、席はその3倍ぐらいある。
予約のない人も受け付けていた。といっても、なんのイベント申込みもない人が気楽に来れるところではない。
演者は、「入船亭扇蔵さん」と、「入船亭遊京さん」とのこと。そう書いてある。
真打は師匠にしたほうがいいけどな。

会場を一回りすると、入船亭遊京さんが「法務大臣」の椅子に座ってなにやら頼まれている。
広報用の撮影みたい。
落語会場の隣には公安調査庁のブース。
さらに刑務官であったり登記であったり。

時間になっても始まらず、二度お詫びが入る。
15分ほど過ぎて開始。
もしかすると扇蔵師が遅れたのかも。「なんとかたどり着きました」って言ってたから。

トップバッターは遊京さん。
売れっ子の二ツ目で、三連休は毎日仕事がある。

普段から寄席に行くような人が来ているとは思わないが、拍手の作法は妙にハマっている。
それでも初心者が多いと見て、メクリの説明から。間を開けないように書くので、遊の字が読みづらいですけどと。
でっち定吉調べでは、「遊」の字を(亭号ではなく)使っている東京の噺家は18人で、12位である。

携帯電話の注意から、さりげなく自分のぺースへ。
寄席でもって携帯に出てしまうおばちゃんが、「今落語。ううん知らない人。いい男よ」。こんなのだったらずっと話しててください。
遊京さんを初めて聴いた2019年にはこんなネタをすでにやっていたが、さすが、さらに洗練されてきている。
いいなと思ったのは、客に恥をかかさずいかに作法を教えるか、がテーマである点。
三遊亭歌る多とはえらい違い。

故郷のお母さん(コーヒー好き)のネタを振ってから、昔の時刻の数え方について。
9つから始まり4つで終わる説明を、的確にしてみせる。こういうところがさりげなくインテリだ。

一度連雀亭で聴いた時そば。法務省イベントだからといって詐欺罪について考えるきっかけにするとか、そういうことではない。普通に落語をする。
遊京さんの時そば、今回もまた実によかった。
ただし、サゲは今回は普通のものに戻していた。
サゲの改変は見事なものではあったが、他にも感心するところがありすぎ、改変がなくても全然ユニーク。
格別落語好きでもないがたまたまあの場所にいた人たちに伝えたい。この水準が普通じゃないですから。
聴けたあなた方は非常に幸せなのだ。

まず、そば屋の1巡目を笑いなく堂々乗り切る。
前の日に西新井で聴いた喬太郎師の「普段の袴」を連想した。あれもオウム返しの1巡目に笑いがない。
二人の共通点は、笑いのないくだりがとても楽しいということ。
喬太郎師は鷹揚なさむらいを描き、遊京さんは、たいこ持ちっぽい調子のいい男を楽しく描く。
調子いい男が流れるようになんでも褒めていくので、笑いはないがユーモアは濃厚に漂うのだった。

1文かすりやがったことに気づくくだりもまた楽しい。何度も指を折って繰り返し、ようやくわかったときのその衝撃振りが。
ただ、「16本っていうのは小指がピンと跳ねてないといけねえんじゃないか」みたいなありがちなクスグリは入れない。
「9つで」の後で、とおで指を折るが片手が開かないことを強調する。聴き手の想像力を全面的に信頼したしぐさ。
指のしぐさは文蔵師の時そばが面白かったが、遊京さんのが上を行っている気がする。

よくない時そばは、まずいそば屋をただ対比のためだけに使う。
遊京さんの時そばは、まずいそば屋もそんなに極端に描かない。ナチュラルにやばい奴。
ただ、1文かすってみたい男の予定する流れとことごとく食い違うので、自然と笑いがやってくる。
「今日はあったかですよ」というツッコミがないので驚いたが、前回もすでにそうだった気がする。
風邪を引いたという男になんか返せよと言われるそば屋、考えてから「気を付けろ!」。

まずいそば屋なのに儲かって仕方ない、そのからくりもちゃんと処理している。
すばらしい。
冬は寄席でも、かなりやるんじゃないだろうか。

さて遊京さんの兄弟子、真打の扇蔵師は、「池田大助」。
珍しい噺だが、佐々木政談の登場人物が違うバージョンであり、本当は珍しくはない。
噺の演出は入船亭らしく中庸をモットーとする、決して悪いものではなかった。
だが、言葉が不明瞭なことこの上なく、気になって仕方ない。
昇太師がたい平師に揶揄されるような、滑舌の悪さではない。昇太師は、言葉自体は綺麗に響く。
扇蔵師、こんな人だったっけ?
最近、寄席にもほとんど顔付けされていないようだ。かわら版に名前の出ない月も多い。
まず口がちゃんと回らないと、ここからの挽回もありますまい。

遊京さんは実によかったのに、消化不良。
庁舎20階の展望台はあまり入れるところではない。日比谷公園と皇居を上から眺めてから、帰途に着いた。
連休の銀座はどこに行っても混んでいた。

作成者: でっち定吉

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