第38回昭和大学名人会(下・柳亭左楽「明烏」)

いったん緞帳が下りて、しばらく出囃子が鳴りっぱなし。
3分ぐらいそのままの状態が続く。
緞帳が再び開くと、椅子に座った鈴々舎馬風師が板付きで登場。

年取るとダメだねえ、ついに椅子になっちゃったよと。
このスタイルで猫八襲名の披露目に出ていたのは見た。
昼寝てしまうので夜寝られない。なのでラジオの深夜便を毎日聴いている。
そして深夜便を担当する20人程度のアナウンサーの名前を言い立てる。
こんなの覚えても、最近は落語忘れるんだよと。

談志の選挙から始まるいつもの漫談だが、ご自身のコロナ罹患と入院の話も入る。
入院の後の続報がなく、当時もうダメだと思ったのは私だけではあるまい。
寄席の仲間は誰も心配しなかった。いよいよ霊柩車馬風だって。
なんて言うものの、落語界への愛情がしっかり漂っている。
入院中の機械の音をロングブレスで再現してみせ、まだまだ声もしっかりしている馬風師。さすがだ。

仲入り休憩後は春風亭柳朝師。大森在住の柳朝師、この会の常連。
私は1年前のこの会以来だ。その際もこの、クイツキ兼ヒザ前を務めていた。
会が終わってからの抽選会も柳朝師が取り仕切っていたし、どこからも説明はないのだが、来年以降はこの人が会を主宰するのではないだろうか。
よくわからないのが、柳朝師も左楽師も柳家ではないのに、今回他のメンバーがみな柳家であること。

柳朝師は、マクラはそこそこに源平盛衰記。
このデキがすばらしく、驚いた。
柳朝師の高座は常に水準高く、聴いて損するような内容ではない。だが、圧倒的な高座というものは観ていなかった気がする。
今回圧倒されました。しかも地噺で。
地噺は逃げ噺だという。軽くやって去っていく。
この日がそうだとは言わないが、あまりよくない客の前でも有効なスタイル。それに圧倒された。
といっても、師の語りがこちらにグイグイ響いてきたというようなことではない。むしろ逆。
師の、地噺への「没入のなさ」にいたく感心してしまった。こんな芸を持っている人だったとは。

地噺というのは、誰がやったってそうだが、演者が前面に出てくるもの。
演者自身の私生活にかかわるネタも多数。
だが、その圧に辟易、とまでは言わないにせよ、もういいぜ、と思うこともなくはない。
柳朝師、自分のエピソードをギャグたっぷりで話すのは他の地噺の演者と同様だが、圧がまるでない。
ぐっと引いて、お客のほうから身を乗り出す芸である。
引くといっても、スベリウケのような技は使わない。唯一スベリウケに近かったのが、根岸の一門の師匠にこの噺を教わったときのエピソード。
ここは絶対にウケるから入れなさい、と言われてやってみたが、この程度なんだと。なんのギャグだったかな。
といっても、客の同情を誘う芸でもない。客の神経に変に刺さることのない、まとまった芸。

人のできた柳朝師は揶揄なんてしないが、当代三平の地噺(それこそ源平盛衰記とか)を例にとれば、突出しない柳朝師のすばらしさがよくわかる。
突出しないといったって、客がそっぽを向いたらしまいなわけで。
いや、よかった。

ヒザの小菊師匠を挟んで、トリはこの会の差配人、柳亭左楽師。前座の美馬さんが湯呑みを持ってくる。
昨年はあぐらをかいて一席務めたが、今年はちゃんと正座する。
6代目柳亭左楽でございます。6代目というと、芝居のほうのいい男をご想像されるかもしれませんが、落語はこの程度で恐れ入ります。
こないだ私も6代目なんですという方とお会いしました。なんでも車をぶつけたのが6台目だそうで。変なろくだいめがいたものです。
まあ、これはいつも聴いてるのだ。

「弁慶と小町は馬鹿だなあカカア」
男と生まれたからには女性の嫌いな方はいないようで、女の方も男がいないと寂しいようで。
それから、食わず嫌いの話。
鴨と偽って肉嫌いの男にギュウを食べさせる小噺。今では珍しい。
それから女嫌いの男の家に行ってみたら子供が5人。「女は嫌いですが女房は好きなんです」。この小噺好きだなあ。

弁慶小町と食わず嫌いが出たら、これはもう、明烏。
言わずと知れた、黒門町譲りであろう。
さん遊師の権助提灯と同様、ベテランらしさが濃厚に味わえる芸だ。
噺の全体にアクセントを付けず、まっすぐ淡々と進行していく。
若旦那の祭りの描写は控えめだし、親父の小言も短い。観音様の奥に流行るお稲荷さまがあると訊くと、二つ返事で行ってこい。
そしていよいよネタバレしてからも、種明かしも短い。
といっても左楽師の場合、水のような味わいではなく、短い描写の中にさまざま詰まっているのだが。

ひとつだけ気になったのは、見返り柳のあとの大門の描写がなかったのだけど。これは抜けちゃったのでしょうか。
まあ、噺はちゃんとつながっている。

今の若手が過剰に演じがちな部分がごくあっさりしていて、逆に現在ない描写が多い。
お引けの後、一度若旦那を覗きにいって障子に穴開けて叱られるとか。
朝、甘納豆をかじっている太助が怒って手をパンパンはたき、あたりを砂糖まみれにするとか。

若旦那の描写が短い分、翌朝目覚めた際へのつながりがとてもスムーズ。
ライフイズビューティフル。とても幸せな一席でした。

来年以降どうするかなどの話は一切出なかった。決まっていないのかもしれない。
仲入りのひとつ前の出番に左楽師が顔付けされることはあるかもしれない。

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作成者: でっち定吉

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