神田連雀亭ワンコイン寄席22(中・春風亭昇市「ちりとてちん」)


春風亭昇市「ちりとてちん」

笑二さんが、退場の際メクリを「翔丸」に替えるが、また戻ってきて「昇市」に替え直す。
笑二さんの出番はうろ覚えだったのだが、昇市さんが本来トリだったのは間違いない。テケツにいる人はトリなのだ。
昇市さん、「噺家っていうのは呑気な商売なんです。翔丸さん、今到着しました。まだ汗が引かないそうなので私が出ます」だって。

昇市さん、相変わらず古典落語を徹底的に工夫する人。
女中のお清を、間接的な描写として使いまくっていた。「ちりとてちん」を寅さんに食わすシーンでお清が笑っていたり、寅さん本人が「お清、お前なに笑ってるんだ」と言ったり。
この女中は、直接的なセリフを発することはない。それほど重要な人物ではないのだが、だからといって使って悪いなんてことはないだろう。
旦那が、「寅さんを呼んできておくれ」とお清に命じておきながら、すぐにお清に瓶を要求しているあたり、ちょっと整合性が取れない気はしたけど。
「ああお清、戻ってきたね。寅さん来てくれるかい」というようなセリフが本来あって、忘れてしまったのかもしれない。

調子のいい男の名前は八っつぁん。落語の登場人物なんて記号だから名前は何でもいいのだが、なんだか八っつぁんのイメージじゃない気はするが。
「宮戸川」では、おじさんについて見事に貫録を描写していた昇市さんだが、この噺の旦那についてはなんだか貫禄が出ない。
特にこれからの時期、多くの人が掛けるちりとてちんだが、前座噺ではなし、実に難しい噺だなと改めて感じる。
調子のいい男も、実に難しいと思う。
変人ぶりが、ある種突き抜けていないと、客から見て面白くならないのだ。昇市さん、突き抜けてはいなかった。
噺の工夫が見事な昇市さんなのだが、落語における演技については、あまり上手くないかも。

だが、昇市さんの背後に、勝手に師匠・昇太を重ね合わせてみる。
昇太師もちりとてちんを掛けるが、昇市さんの演出は師匠のものではない。
あくまでも違うちりとてちんなのだが、昇太師が作り上げそうな噺の雰囲気が濃厚に漂うのだ。さすが師弟だけあって、世界観が共通している。
昇太師を想像しながら、結構楽しく聴いたのです。
師匠の持ち味は「躁病」。登場人物すべてがふわふわしている。
それに比べると昇市さんは、地に足がついている。もちろん、地に足がついているのがいけないわけはない。
いずれ数々の工夫が功を奏し、独自のちりとてちんを作り上げることでしょう。

口の悪い寅さんは、旦那と友達らしい。だから旦那のほうも、多くの演出とは違い、隠居でもない。
こういうタイプのちりとてちんは、円楽党の三遊亭楽大さんから聴いた。
楽大さんは長崎名物でやっていたが、昇市さんは台湾名物。

寅さんについては、実は気のいい奴だというメッセージが、少なくとも客に向けては必要な気がする。
そうでないと、旦那がわざわざ呼びにやる理由がない気がするが。

続きます。

作成者: でっち定吉

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