「ご隠居さんいますか」
「おう、よく来たな。まあまあお上がり。今日はどうした」
「ご隠居は、なにかの通ですかい」
「藪から棒だな。まあ、自分ではさほどでもないが、人さまからは『ご隠居、通ですね』なんていわれてるがな」
「いいですねえ、で、なんの通ですか」
「あたしの場合は、落語だ」
「ああ、落とし噺ね。あっしも通になれやすかね」
「お前さんが通になりたいなんて、なにか悪いもんでも食ったんじゃないのかい。まあ、通になりたいなんて見上げた心がけだ。なに、簡単なもんだよ。まずな、池袋演芸場に行くんだ。寄席というやつだな。都内にも寄席がいろいろあるがな、池袋に行くってだけで、通っぽいな」
「そんなもんですかい」
「そんなもんだよ。まず、席についたらテーブルを開くこと。ちゃんと筋交いを伸ばしとかないと、テーブルが落ちることがあるから気を付けるんだ。噺の途中にテーブルが落っこちたりしたら、通でないのが丸わかりだ」
「へえ、気を付けます」
「それから、噺家が順にたくさん出てくる。噺家が袖から出てきたら、『待ってました!』と声を掛けるんだ」
「へえへえ、『待ってました!』ですね。どの噺家野郎に声掛けたらいいですかね」
「野郎ってこたないがな。とりあえずみんなに言っときゃいいんだ。中には代演で出てくるやつもいるけど、気にするな。それからな、噺家が最初にマクラを振る。噺の前フリだな。噺とつながるマクラを振る前に、雑談をすることがある。そのときに、楽屋ネタを話したりするんだな。特に池袋は多いぞ。そのときは、これみよがしに笑うこと」
「これみよがしにですか。なにがなんだかわからないときはどうしたらいいんです」
「いいんだよ。笑っときゃ。俺は業界のことならなんでも知ってるぜというツラしておけ。それから、噺につながるマクラが振られる。マクラの内容を聴いて、今から掛かる噺がなんだか当たりをつけるんだ。噺がわかったら、プログラムに、急いで演目を書く」
「急いでですか。なんでそんなことすんです?」
「わからないか。客の全員と勝負をしてるんだよ。一番早くわかった客が本物の通だ」
「へえへえ、なるほど。わかったら、手あげるんですか」
「そんなこたあしない。とにかく、プログラムに早く、これみよがしにメモするんだ」
「また、これみよがしですかい。まるきりわかんねえときはどうすんです」
「わからないときは、噺家の似顔絵でも書いときな」
「わかったときは」
「わかったときは、メモしながら、近くの客に聴こえるくらいの声でつぶやくんだ。『・・・真田小僧か・・・』ってな」
「わかりました。つぶやきまさあ」
「あとな、サゲを言って噺が終わったら、一番始めに手を叩くこと。ボケっとしてたらだめだぞ」
「拍手ね。これは難しそうですね」
「なに、簡単だ。よく見てろ。サゲに掛かるとな、口調が変わるからな。そこであたりをつけといて、最後に噺家が客の方を向いた途端に手を叩きな」
「なるほどね。ご隠居の噺聴いてますと、あっしも通になれそうですね」
「ああ、なれるとも。行ってきたら、ブログにその日のレビューを載せるのも忘れないようにな。○×もつけるんだぞ」