「お父っつぁん、ただいま」
「おう、落語好きが高じて父をお父っつぁんと呼ぶ小学生の息子、お帰り」
「今日学校で、『蟹工船』ってえのをね、教わってきたんだよ。お父っつぁんは『蟹工船』って知ってるかい?」
「知ってるかあ、だと? お父っつぁんはな、森羅万象、神社仏閣。この世のありとあらゆる事象、がんもどきの裏表まで知り尽くしてる男だよ。なんだって知ってらあな。知らないこと以外は」
「さすがだね、知らないこと以外はなんでも知ってるお父っつぁん。だったら、『蟹工船』で一席作ってよ。アドリブで」
「うむ。さすがはわが息子。普通なら『蟹工船のわけを教えてくれ』というところだが、親父がまともにプロレタリア文学について語ると当たり前の期待をしないところが見事だ。このお父っつぁんはな、一席作れと言われて敵に背を向けるおアニイさんとおアニイさんが違うぞ。『かにこうせん』ってのはな、そもそもお前はなんだと思うんだ」
「かに光線だな。スペシウム光線、エメリウム光線、タリウム光線なんかと一緒」
「タリウムは光線じゃなくても死んじゃうよ。それで」
「甲殻類から進化したスーパーヒーロー、カニマンがさ、ビームとか出して地球を救うんだよ。カニマンの必殺技、『かに光線』を浴びた人は、たちまち甲殻類アレルギーになって、一生エビカニは食べられなくなる。うっかり口にすると死の危険もある」
「それは恐ろしい。だがあいにく、そんな小学生の思いつきそうなネタはお父っつぁんは作らない。だいたいなんだカニマンって、せめてクラブマンって言え。『こうせん』ってのはな、これは高専、すなわち高等専門学校のことだ」
「学校の名前かよ。ビームと大して変わらねえや。『かに高専』なんか行ってなに勉強すんだよ」
「タラバガニとズワイガニの見分け方。おいしいかに飯の作り方。かにの身の効率的なほじくり出し方」
「そんなの学びにいかねえよ。なんだよ『身の効率的なほじくり出し方』って」
「かに飯を作るためにはそういう技術が不可欠なんだ。まあ、ともかくそういうことを学ぶ日々。そこで繰り広げられる素敵な青春キャンパスライフ。学園の四季を通して主人公の成長を描いた小説、それが『かに高専』」
「突っ込みどころ満載だけどまあいいや、どんな話なんだよ」
「かに高専では鉄道同好会が盛んでな。中でも部員に人気があるのが」
「カニ22型っていうんだろ。ブルートレインについてた電源車だ」
「さすがだ。テツでもある息子よ。しかしまだ『かに高専』の全貌がわかったとはいえないぞ。他の部活も盛んだ。たとえば闘蟹部」
「なんて読むんだよ」
「とうかに部」
「適当だね」
「落語だからね。とにかく、かに高専闘蟹部は、全国高専闘蟹大会で、5年連続優勝の強豪だ」
「聞いたことねえよ。どういう試合すんだよ」
「訓練したカニ同士を闘わせるんだ」
「ジャンケンで?」
「・・・なぜわかった」
「お父っつぁんの息子だもん。でもジャンケンなら引き分け止まりだね。チョキしか出せねえや」
「そんなことはない、かに高専闘蟹部にはな、最新のテクノロジーと、かにに対する愛情深い訓練のノウハウがあるんだ。部員たちが部活に打ち込み、日々かにの改良と訓練に努めた結果、なんとグーが出せるようになった。どうだ、ぐうの音も出るめえ」
「そういうお父っつぁんはやっぱりパーだ」