池袋演芸場31 その2(三遊亭天どん「いい男」)

思い出したので書くが、前座の辰ぢろさんも「たらちめ」で「にっぽんじんですかい?」ってごく普通に入れてたけど。
このクスグリでヘイト呼ばわりは無理筋にもほどがある。

最初の色物はニックス。
もともと面白いが、キャリアを重ねるたび、こちらにナチュラルにネタがしみ込むようになってきて、実に心地いい。
アメリカ人のおじいちゃんは、またドナルド・トランプに戻っていた。選挙が近いからだって。

ニックスは基本、巨体のお姉ちゃん(エミ)がネタを作っていることを漫才中にも披露している。
だが、面白い場面があった。
妹のトモさんが「ハラスメント」について語りだす。
こないだ我々の漫才中に、楽屋で若い子が大騒ぎしてるのよ。注意したら、モラハラですよって言われました(お姉ちゃんが、パワハラ?と)。
モラハラとかパワハラですよってすぐ言われるんだけど、当たり前のこと注意してるだけじゃない。ハラスメントハラスメントだわよ。
ここで客席が静かになってるのを瞬時に見抜き、「今話すとこじゃなかったね」。
続けてもうひとつトモさん、「犬は前足、後ろ足なのに、なんで『お手』ってさせるの」と。
これも不発で、やめときゃよかったねと。
目に見えた限りでは、「トモさんが台本にないネタを試しに出してみた」と映った。
寄席の、持ち時間もそこそこある漫才らしくていいなと。
本当につまんないネタでもないのだし。
ただニックスだけに、「不発のネタを出してみました」も全部計算かもしれないけど。
そういえば後でロケット団が、「そうでしたか」を軽めにブッ込んでいた。

続いて主任の兄弟子、同時昇進の柳家緑也師。
花いち師がトリを取ったので、同時昇進4人のうちトリがまだないのは緑也師のみとなる。達者な人ですがね。
後輩も次々トリ取ってるから激戦で大変だ。一蔵、小燕枝、扇橋の3人など全員トリ取ってしまった。

緑也師は堀の内。
間違えて浅草には行かない。
これ、浅草に行かせると家に一度戻ってきてしまうからではないかと思う。私もかねてから疑問なんだけど、戻ってきたら、かみさんが弁当渡さないのは変だ。
その代わり、オリジナルシーンが入っていて爆笑。
家を出てすぐ、八百屋に声を掛けられる八っつぁん。粗忽の八っつぁんはどこに行くのか思い出そうとしているのだが、八百屋の大将が、「あんたは野菜を買いにきたんだ」と暗示を掛けてしまう。
そうだったかと野菜を買い求める八っつぁん。だが、みょうがを見て、「妙法蓮華経」からお祖師さまをようやく思い出し難を逃れる。
あとで八百屋夫婦が、「3日連続は無理だったね」だって。
浅草に行かないので、電車の線路のくだりもなかった。
全編にわたって力の抜けた、気持ちいい一席でした。

続いて三遊亭天どん師。
噺家は師匠に好きな名前を付けられてしまうものでして、師匠がその日食べたいものの名をつけられました。
この名で28年やってます。ずっと27年って言ってたんですけど、こないだ調べたら28年でした。
師匠が円丈なので、名前は丈天どんになる可能性もありました。
街で会ったら気軽に天どんさーんって声かけてください。聞こえないフリします。
いつもこんなこと喋ってるんですけど、まあ(反応は)この程度です。
と、ここから客にちゃんとしなさいと語りだす。お客さんも、芸人に見られてるんですよ、特に客席の明るいここは。
客に笑いを迫るやり方はいろいろあるが、天どん師がいちばん優しい。まあ、テキトーだからな。

お客さんに「天どんさんのファンです」って声を掛けてもらうのはいいんですけど、続きがあるんです。
「あと、他に好きな噺家さんが…」
いや、言わないでください。好きな方向性の先が、立川流のなんかとんがった奴と一緒なんだなと。「あ、そういうセンス?」って引きますから。
今日のお客さんは楽屋で評判いいですよ。ただ風柳くんだけが「最悪です」って言ってました。
よく聞いたら花粉症だったみたいで、お客さんのせいじゃありませんでした。

そういえば天どん師もこの時季はずっと鼻をグズグズさせてる印象があるのだが、体質改善したのか今回はまるでそんな気配なし。
預かり弟子の抜擢昇進の話などはなし。

今日は、一度か二度しかやってない噺をしたいと思います。自分でも回数がわかってないですが。
いいお客さんの前じゃないとできないんで。
人間、できれば褒められたいですよね、というのがフリ。

数掛けてないとは思えない見事な一席。
同僚ふたりで飲んでいて、もう1杯行こうよと。仕方ないなと見知らぬ2階にあるスナックへ。
平日なので、ママひとり。
ママはふたりのうち、ダメ男のほうがいい男だという。
ふたりの会社は超ホワイト企業。残業もない。その分、向上心もなくなりやる気もないというダメ男がママの気に入る。
ママの好みの男を聞いていくと、危険な男が大好きなんだと。徐々に引いていくふたり。
ちゃんとした客がやってくる。ママに気に入られるために会社を立ち上げて、ホワイト企業にしたよと。だがママはけんもほろろ。
そしてダメ客がやってくる。金がないから今日はお土産だけ。大丈夫、今日は万引きしてない。
お土産は乾パン。俺は歯がグラグラだから、牛乳に浸さないと食べられないが。
この男をママは必死で引き留める。
スナックは2階へスチールの外階段を上って上がるのだが、これが繰り返しギャグに使われている。

古典落語の「逆さ落ち」(価値観の逆転)のエッセンスをまとった新作落語。
それにしてもきく麿師の「スナック・ヒヤシンス」をはじめ、スナックもの新作多いですね。
演題「いい男」でもいいけど、「スナック・リスキー」なんてどうでしょう。
戸を開ける前に、「なになに、スナックリスキーだってよ。危険な香りがするな、面白そうじゃないか」「やめとけよ」なんて会話が入っていいじゃないですか。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

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