柳家蝠丸「浜野矩随」

今年古希を迎える柳家蝠丸師は、60代後半から売れモードに入った。
NHK日本の話芸にも、2021年に「田能久」で、2023年に「さじ加減」で出演。
2年連続、3度目の登場である。
東京落語でオンエアされるのは年間に20数席しかないのに、2年連続とはすごい。
落語界、お爺さんになってから売れることがある、大変夢のある世界である。
浜野矩随のごとく若い頃ヘタでも、もしかして可能性があるかもしれない。
もっとも蝠丸師だって、若いうちから一定の評価はあったはずなのだ。
噺家も彫り物師も、キラリ光る素質は必要だが。

この師匠は現場でも聴くけども、私はテレビの高座を取り上げることのほうが多い。
むしろ、寄席の評価がメディア評価の高さに追いついていないかもしれない。
浅草お茶の間寄席のTVKネットがなくなったので、今後テレビ出演機会を取り上げるのは減るだろう。
いっぽうで、落語研究会にだって呼ばれるようになったけど。

蝠丸師の浜野矩随は、2022年に新小金井で聴いた。
芸術協会・落語協会混合の落語会のトリ。
時間を守ってやったとのことで、非常に時間の押した会を、23分で締めていたく感心したものだ。
ちゃんとやれば40分掛かるという人情噺を短くやって、しかしどこを詰めたのだかわからない。
今回NHKでも、マクラを振らずに正味28分。やっぱりきっちり収まっている。実際に聴いた23分の高座との違いはわからない。
若狭屋さんが親父の作った観音だと思い込んでいる場面、それから大団円後のおまけエピソード、かっぱ狸が少々続いているぐらいかな。

「柳家蝠丸 浜野矩随」で検索すると、その記事がヒットするのだけど、今回オンエアされる前後、検索訪問がやたら多かったわけでもなかった。
ふくまる、も変換できないし、のりゆき、も変換できないからではなかろうか。
蝠の字は「こうもり」で変換すると出る。蝙蝠ですね。
「矩随」の「随」は出せるが、「矩」は難しい。ただ、「かね」で変換すれば2ページ目ぐらいには候補が出る。
ご参考まで。

浜野矩随も、現代において掛けるのはなかなか厳しめの噺。
現代人にとってはツラい場面もある。だが、淀五郎と同じく、決して滅びはすまい。
ヘタクソ二世の彫り物師、矩随は、今日もどうしようもない馬の彫り物を持参し、恩人の若狭屋さんに罵声を浴びせられる。
どうしようもない職人はもう死んでしまえと。
うっかり落して3本脚になってしまった馬を持参する矩随は、どう考えてもよくないが。

ごく一部の噺家二世を連想する客もいそうだが、蝠丸師はそんなところは狙わない。
中学生の頃、志ん朝が自虐的に、親と比較される息子であることを語ったマクラを聴いたけども。

しかし、キツい噺を蝠丸師は、実にふわふわ語る。
若狭屋さんも真剣なシーンなのに、笑顔混じり。かっぱ狸のエピソード以上に、語りがキツさを和らげている。
本当は笑顔じゃないのだけど、滑稽噺でも見せる、蝠丸師のあの顔が。
この語りは、演者が挟んでくれたクッションである。
罵倒されたツラいシーンなのはしっかり残った上で、その直接的効果までは客の心中には染み込んでこない。
なお染み込んで来る人もいるとは思うけど。

とにかくも、落語たるもの、徹底したリアルに迫ることが絶対の正解でもないのだ。
人情噺だからと意識しすぎて、普段と違うモードでそれっぽく語ったりするものでもない。
客が厳しいシーンを我慢して聴く人情噺だと、親父の観音だと勘違いしている若狭屋さんのシーンで大笑いしそう。
非公開収録の客は静かだ。ギャグがご褒美という感じにならないから。

矩随が、ひとり死ぬのを決意しておっかさんに旅に出ると語る。
おっかさんもやはり、笑顔混じり。これも本当は笑顔じゃない。
このあと、一心不乱に彫り物に取り組む矩随を地のセリフで語る蝠丸師も、笑顔混じり。
もっと真剣に語れ、と言いそうな古いファンもいるのでしょうけども、私は断然これが好き。

改めて訪問すると機嫌のいい若狭屋さん。
あの日は二日酔いで、つい本当のことを言っちゃったとフォローにならない言いわけをする。
このシーンは蝠丸師が作ったものではない。いずれにせよ半チク職人矩随には、一皮剥けるきっかけが必要だったのだ。
「今日は2本脚の馬でも持ってきたかい」と、数少ない、らしいクスグリ。

おっかさんが死なない(間に合った)のもいい。
ご都合主義といえなくもないが、蝠丸師のふわふわした矩随には、このほうがいいのだ。

さらに今回、蝠丸師の言葉についても認識を新たにした。
スキなく喋るような口調ではない蝠丸師(青森出身)だが、実は江戸ことばが実に歯切れがいいということ。
これももともと「どうだ」という口調ではやっていないので、気づきにくいけども。
終盤、若狭屋さんにかっぱ狸を売りつけられる上方あきんどの大阪弁も、妙に「らしい」ものである。

作成者: でっち定吉

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