林家花丸「悋気の独楽」(神戸新開地喜楽館配信)

神戸新開地喜楽館の「元気寄席」。新しいものが火曜日に配信される。
聴き続けて4週目。
2週目だけなんだかなと思ったが、あとはすばらしい内容ばかり。
ラジオだけではわからない、上方落語界が配信に詰まっている。
7月からは有料(1,100円)となるが、続けるつもり。
といって、サブスクとの付き合い方は決まっている。
なんでもないときに気軽にやめ、またなんでもないときに再開すると思う。

挨拶支配人・伊藤史隆
小噺健枝郎
前説支配人補佐・三ノ助
狸の賽健枝郎
鹿政談智丸
宗太郎峠しん吉
悋気の独楽花丸

実際に聴いたことがあるのは桂しん吉師。古典落語の「算段の平兵衛」と「鉄道戦国絵巻・関西編」を。
日本橋亭での、駒治師との二人会である。
今回の鉄道落語「宗太郎峠」は、「重岡宗太郎」という隣接する2駅で作る人名をネタにしたもの。
夫婦のもめ事に甚兵衛さんが介入して、大阪・兵庫をうろうろしているかみさんを追っかけさせに、九州に行かせてしまう噺。

笑福亭智丸さんは売り出し中の人で、ラジオでは聴いている。
仁智師の弟子なので新作をやるはずだが、古典しか聴いたことがない。今回は鹿政談。
地噺っぽく語る、穏やかな鹿政談。
東京の三遊亭ごはんつぶさんと活躍の仕方が似ている気がする。ごはんつぶさんも新作派なのに、古典落語をずいぶんやり込んでいる。

感心したのが前座として出てきた桂健枝郎さん。
小噺はやらず、えらく短い挨拶。
再登場して、狸の賽。
別にまだ上手いわけではないが、噺を作り替えていていたく感心した。自分でいじっているのだろう。
サイコロに化けた狸に、「ピンと言うたら6の目を出せ。3と言うたら4の目を出せ」と命じている。
壺を振ったあと、「小便がしたい」とはばかりに行ってしまい、その間にバクチ仲間が壺の中を覗く。
3の目が出ているのでみな3に賭けるが、主人公が「3」と言うので狸が4の目を出し、巻き上げるという。
たぬさいに現れた、イカサマの新機軸。
こういうことをやる人は、いずれ必ず頭角を現すであろう。
まあ、同じことを東京の前座が高座でやったら叱られると思うけど。

最もよかったのがトリの林家花丸師。
そんなに知ってるわけじゃない。吉本所属なのであまりラジオでも聴かない。
でも芸術祭優秀賞と、繫昌亭大賞を獲ってる実力派。
東京にはそうそうお越しにはならないだろうが。

上方落語の悋気の独楽、あまり聴いたことがない。染丸一門のお家芸らしいが。
丁稚の定吉に、「熊野の牛王さん」(ごうさん)飲ませるくだりは有名だが、でも「お文さん」にも出てくる。
トリネタにしては軽いのだなと一瞬思ったが、原点である上方落語では、十分トリネタである。
内容も、いかにもなにわの商家のものだ。
番頭がいて手代が複数いて、みな忙しく働いている。
ごりょんさんが旦那の行き先を奉公人に訊くが、皆テキトーにしか答えてくれない。
東京落語の悋気の独楽がシンプルにならざるを得ない理由がよくわかった。商家の再現ができないから、違う道を行くしかない。

奉公人にあしらわれるごりょんさんには強い味方がいる。女中のお竹。きわめて打ち出しの強いこの造形、東京にはない。
ごりょんさんにべんちゃらでやたらモノをもらう意地の汚さもある。
このお竹は出戻り。かつて旦那に浮気され、修羅場を演じたこともある。それでごりょんさんに寄り添うのだ。
このお竹のひとり語り、脱線がまことにすばらしい。
お竹のアリア。劇中落語みたいなもんだ。

東京落語では主役を張る定吉は、いちばん最後に登場する。
妾宅にいる旦那のお付きである。
東京落語の定吉は、噺の構造と同様、非常に単純な子供である。
だがこのトリネタの最後に登場する定吉は、ひとりの人間として極めて立体的。旦那がほぼ描かれていないのと対照的。
ごりょんさんを気の毒に思う気持ちもあり、お妾から漂ういい匂いにより、家に帰るつもりの足が止まる旦那の気持ちもよくわかる。
先に帰らされる定吉、小遣いもらって実に嬉しい。
懐をごそごそやって、小遣いにギザがあるので喜んでいる。50銭もらって「きずつないな」とひとりごちる定吉。
きずつない、いい言葉である。

噺の構造として、脱線が脱線でないかたちがまず作り上げられているので、お竹も定吉も、堂々脱線できるのである。
東京でこの形でやる師匠、いないだろうか。ひとりぐらいいそうだけど。

そして噺の必須アイテムである独楽も、噺の最後に登場。この伏線も入っていない。
すでに盛り上がる箇所がさんざんあったので、劇的である独楽の効果が、やや希薄化されるのはもう仕方ない。
それでもまだまだ面白い。

爽快感溢れるいい高座でした。

作成者: でっち定吉

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