池袋演芸場32 その2(隅田川馬石「鮑のし」を白鳥激賞)

この月曜日、土日よりも客が多かったそうな。
善男善女が集まっている。
私のもともとのイメージにある、池袋の落語協会のいい客である。
特にいいのは、拍手が早くないこと。

池袋下席昼は、前座から落語が4人続くのが特色。
真打は三遊亭彩大師。出囃子は、「コンドルは飛んでいく」。
この人の地味な新作は、寄席のこうした出番で実にハマる。池袋の新作番組では重宝されているようである。
別に地味路線を狙って作っているわけではないと思うけど。

萬都さんは、まだ「出所」でなくて「仮釈放」だということがわかってないようですだって。
古典落語が続きましたが、ここから先は新作あり、新作講談ありのハイブリッドです。
トリの白鳥師匠は落語界でも筆頭の放任主義の師匠です。野放しにされた、ノラ弟子も出てきます。

演題不明の新作落語、テーマは定年退職。
私の亡くなった父も、仕事人間でした。定年後も会社に行きたがったりして。
実際に父にあった、ちょっとした事件を落語にしましたとのこと。

定年退職して1週間のお父さんは時間を持て余している。
さっそく奥さんからは、掃除するんだからどいてと邪険にされている。
ヤマダデンキのマッサージ器コーナーでも行ってきなさいと。
だが、冷たい奥さんに復讐するなんてテーマは微塵もないところが彩大師らしい。そういう強いアクセントは付けない。

客席にも、実際に定年後時間を持て余している人がいるのでしょう。
身につまされるのではなかろうか。

奥さんはなんだかんだ言っても優しい。海外旅行しましょうよと。
締切り間際の台湾ツアーが格安だからこれ行きましょう。あなたパスポートないんだから取りに行きなさい。
戸籍抄本を取りに市役所に出向くお父さん、なんと住民票と戸籍の生年月日がズレていることが発覚。
かつてなんらかのミスがあったのだろうと。でもたまにあることなんですと戸籍課。
ずっと7月1日生まれとして生きてきたのに、戸籍では7月31日生まれになっている。
しめたと会社に行く主人公。俺、まだ定年してないじゃないか。働かせてもらおう。

激しい事件は起きないのに、なんだかずっと楽しい。
戸籍の生年月日が間違っているのは本来大事件かもしれないが、意外とそうでもない。
基本、セリフのやり取りでできている落語。激しいツッコミもないのにちゃんと成り立っている。

色物が2組しか出ないのも、池袋下席昼の特徴。その分精鋭が求められる。
マジックの如月琉先生は初めて。
寄席らしく、そして落語協会の色物らしく、緩いマジックにインチキマジック。
しかし要所を締める。客の指定した時間に時計が合っていたり、客がホワイトボードに書いた国名「イタリア」を予言していたり。
テレビにもわりと出ているそうだがあいにく知らない。

神田茜先生は新作講談「初恋エンマ」。
普段寄席に出る際は、流れを断ち切っちゃいけないとかいろいろ気を遣うものだが、今席はなにしろ白鳥師匠だから全然OK。
なのでマクラも考えないで出てきている。
閻魔大王の話とメロンの話とどちらがいいですかと客に訊いて、閻魔大王の話。

気の強い女性が、道端に生えてるスイセンをニラと間違えて食してしまい、あの世に行って閻魔大王のお裁きに引きずり出される。
女性は閻魔大王を目にしても、町内のいたずらだと思っている呑気な人。ゲンちゃんでしょと。
閻魔もタジタジ。でもこの女性から、亡者に接するコツを学ぶ。

主人公の女性は、あたしも離婚したの、大変なの。旦那噺家だったけどとつぶやく。
ちょっとだけうとうとしたら、新作なので話がわからなくなった。
この講談も、会話でできている。
新作といっても、派手な要素だけでできているわけではないのだった。

仲入りは、お目当てである隅田川馬石師。
マクラほとんど振らず、さっそく羽織を脱いで甚兵衛さん登場。
うわ。今年3席目の鮑のし。
うち一度はフルVer.
「隅田川馬石 鮑のし」で検索すると、1位がその、正月に棕櫚亭で聴いたフルVer.
2位が、2年前の鈴本の仲入り。
今年3月に聴いたときはタイトルにするのやめたため、ウクレレえいじ先生になっている。

鮑のし、馬石師のトリ以外での最高傑作なのかもしれない。実際頻度は高いのだろう。
でもそれにしてもなと結構ガッカリ。
一時期、遊雀師を聴きにいくといつも「熊の皮」だったのを思い出す。
鈴本の仲入りと異なり、マクラのない分フルVer.だった。甚兵衛さんの大家への逆襲まで。

だが、何度聴いてもやはり楽しい。ミラクル甚兵衛さんがたまらない。
そして。
楽屋で白鳥師が聴いていたようだ。
あとで自分の高座で、マクラでなく噺の中で語っていた。
「ちょっと鮑のしがウケたからって調子乗りやがって!」
そして、「あの甚兵衛さんはすごいな」と語る白鳥師。

新作派の評価が聴けて、とても楽しかったのだった。
確かに馬石師の甚兵衛さんは、白鳥師が新作で出してくるようなキャラ造形だ。
かつて先代古今亭志ん五が与太郎で一世を風靡したごとく、馬石師はいま、ネオ甚兵衛さんを世に問うているのだった。
もっとも、既存の甚兵衛さんと断絶しているわけではないのが、古典派ならでは。

続きます。明日も鮑のしから。

 
 

作成者: でっち定吉

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