㐂三郎をきくかい?(中・柳家㐂三郎「佃祭」)

㐂三郎師の2席目は、事前に佃祭だと説明が入る。
今は橋も掛かって地続きだが、船がないと渡れなかったかつての佃島、その住吉さまのお祭りを軽く説明して。
佃祭、8年間やってる当ブログで一度もレビューしたことがない。
格別珍しい噺というわけではないが、遭遇していないのだった。
まあ、大ネタとはそんなもの。たとえば「死神」なんてもっとずっとメジャーなネタだが、現場で聴いたのは一度だけ。

始まってしばらくして、梨の仕込みがないことに気づいた。化け物使いの奉公人のくだりと同様、ここは省略。
小間物屋の次郎兵衛さんが亡くなったのを全力で嘆く与太郎というのは、権太楼師の演出だったか。
かみさんに悋気やみの個性がないのも、その一環だったのではなかったか。
ともかくも、そちら方面から来ているみたい。
悔やみのシーンに笑いが入っているが、ただ骨格は人情噺。悔やみ以外に笑いはない。
だが㐂三郎師、人情噺を堂々語る。
別にしんみり語るわけでなく、堂々と語る。
よく考えたらこの噺、帰りたいのに終い船から無理やり上げられて、船に出られてしまうトホホ感であるとか、さりげないユーモアには満ちている。
そのあたりが突破口か。
そして、その終い船が転覆した大ニュース。ここで次郎兵衛さん、心底ショックを受けている。
演者が登場人物になりきって心情をストレートに表すことで、噺がスーっと腑に落ちる、そんな一例。
もっとも、演者と登場人物との距離が遠く、人物が記号的であるがゆえにグッと来たりもすることもよくあるので、方法論は千差万別だけど。

当時の娘さん、5両の金を盗まれて、次郎兵衛さんに命を助けてもらい、3両恵んでもらう。
ちょっと計算がおかしくないだろうかという気がしたのだが。
ともかく、旦那もかつての娘さんも、その亭主も、たまたま起きた命拾いの事象について、一撃で飲み込む。
くどくど説明はなくて、「情けは人のためならず」のことわざ一発ですべて腑に落ちる。
いい描き方だなあと思った。もしこの部分の説明が多い一席があるなら、それは演者が納得できていないからだろう。

お店のほうは、奉公人が上を下への大騒ぎ、まるで役に立たないので町内の連中が義侠心を出して、弔いの手配をしてやるのだった。
早すぎる弔いだが、実に自然な描き方。
次郎兵衛さんも、別に悪気があって帰宅が遅いのではない。これでも、命を救われた元娘さんの旦那が、船を出すにあたり各方面に掛け合って精一杯早くしてくれたのだ。

㐂三郎師は悔やみの場面が好きみたい。
近日息子や、胡椒の悔やみは持っているだろうか。
祭りの朝に次郎兵衛さんと湯で一緒で、誘われた男は、調子に乗って自分がいかに幸運だったかをべらべら喋る。
調子に乗って喋るかどうかは別にして、「自分は運がよくて助かったので今がある」とストーリーを作って生きてる人っているよねと思う。
「あの人が助けてくれた」と他人に一生感謝するなら全然わかるのだけど、自分自身の運がよくて(実はそれほどでもないと思うが)助かったなんて、死んだ人に対するマウントのきらいがあるなと思う。このリアリティ。
それからノリ屋のババアはおかみさんに寄り添っているかと思うと、これは全部ご先祖の因縁ですと持ってきたツボを売り出す。これはオリジナルでしょう。
そして与太郎の悔やみ。悔やみの席でニコニコしてる馬鹿ヤロウだが、次郎兵衛さんがもう帰ってこないというのでその嘆きぶりに、次郎兵衛さん生きてるよと思いつつもしんみりする。
あいつが一番うめえやと町内の衆たち。
客は弔いの当人が生きていることを知っているわけだが、でも与太郎が本当に死んだと思っていることはよくわかっている。
なので、与太郎の気持ちが染み込んできて、ちょっとホロッとしてしまう。
おかみさんには個性がないので、遅れて帰ってきた亭主に疑惑を抱くなんてくだりはない。

梨のくだりなどなくても、「情けは人のためならず」を演者のセリフで語ってきれいにフィニッシュ。

喜怒哀楽をてらいなくくっきり描ける点が、㐂三郎師の得がたい個性なのかもしれない。

続きます。

 
 

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作成者: でっち定吉

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