㐂三郎をきくかい?(下・柳家㐂三郎「居残り佐平次」)

1席め「化け物使い」のクスグリをいきなり思い出した。
隠居が、「もっと早く出てこい」「出てくるときにゾクゾクさせない」を小僧から引き継いでいない入道に対して、「報告連絡相談をちゃんとしろ。すなわちほうれんそう」。
パワハラ野郎はだいたい理屈で攻めてくるよなあと思ったのだった。
だが入道、再度念を押されて守るべきフレーズを言わされ「チンゲンサイ」。
スーパーで買い物していて急に思い出した。まあ、クスグリだけ抜き出して書くのもどうかと思うけど。

「佃祭」の運の良さを過剰に自慢する男もそうだが、㐂三郎師の登場人物にはモデルがいそう。
ご自身の師匠ではないような気がするけど。

仲入り休憩後はもう1席。
ここで初めて池袋の9月下席のトリの話(拍手)。
昨年暮れに㐂三郎師、花形演芸大賞の金賞を取った。このあたりから出てきた話なんでしょう。
ちなみに真打の同時昇進組(5人)では、弁財亭和泉、春風亭柳枝のふたりがトリをすでに取っている。
実にもって「らしい」ことに、新作の和泉師は池袋で、本格派の柳枝師は鈴本で。

ぜひ来てくださいと。この会に来てる皆さんなら来れるでしょう。
そう思って昼の会をずっとやってたんですよ。お客さまを仕込んだ甲斐がありました。
8月末の池袋夜の独演会も告知する。

3席目は、「遊び」を振って、居残り佐平次。
先日兄弟子・喬太郎も鈴本のネタ出しでもってこの演目を出していた。
もっとも兄弟子から来てるものではなさそう。
サゲが「知らぬが仏」だったので、故・喜多八からに思える。
だが、調子はまったく違う。ヨイショのくだりなど、まさに志ん朝である。
志ん朝の噺を、誰を経由して稽古してもらったのだろう。

ちなみに昨日取り上げた「佃祭」には志ん朝の影は微塵も見えない。
どうしても教わった、あるいは参考にした人の影響は大きいようだ。

佐平次の調子のよさを徹底して楽しむ噺である。
これはもう、志ん朝だなと客に思われたところで、仕上がってるので変えようがない気がする。

喬太郎師の居残り佐平次は、検索で引っ掛かるのにネタ出しのこのたび、アクセスは少なかった。
アクセス多かったのは「ウルトラ仲蔵」と「仏壇叩き」ばかりである。
私が喬太郎師の居残り佐平次聴いたのはもう5年前だが、もっともよく覚えているのもやはりヨイショのくだり。
あれは結局いのどんが、廓の客「勝っつぁん」をいかに攻略して見せるか、そのハウツーものなのではないかと思う。
絡め手から、そしてときとして図々しく、攻めるに攻めた結果、客が気持ちよくなって勝っつぁんと同調する、そんな噺だと思った。
それに比べると、別ルートから仕入れたらしい弟弟子は、もっとリズムに特化している。
ハウツーなんて感じは一切ない。落語の客は、徐々に乗せられていく勝っつぁんの様子を、一定の距離を持って眺める感じ。
よく考えたら、根本から感性が異なる。
まあ、喬太郎師のマネはしないほうがよろしい。新作が典型的だが、古典でもマネするとフォームを崩すこと請け合い。
別に廓の客に同調するのが絶対の正解でもないのだし。

居残り佐平次は、一文なしの佐平次が仲間を帰し、これからなにをするつもりなのか、は描かれている。
もっとも初めて噺を聴く(知っていても、聴く態度としてはそうありたいところ)場合、客にわかっているのは居残りをするのだという事実だけだ。
非常にいい調子の㐂三郎師の佐平次を聴いて思ったのだが、この噺、佐平次がなにをするのか明らかにされていないという演出はできないものだろうか?
㐂三郎師の口調は、わかっている客をさらに騙してくれる。だが、みんな等しく騙してしまうというのはないかななんて。
どっちみち、なぜ佐平次がこうしているのか、は実はサゲ直前までわからないんだから。

どんどんエスカレートして2階を取り仕切る佐平次に対し、若い衆たちの嘆きは手短。
こういう省略が上手いのだ。
そこからスムーズに旦那と対峙するシーンへ。
仕上がった結城のことは、旦那は知らないのが面白い。旦那は、なんでもいいから着物を持ってこいと言い、そしてなぜか佐平次がその存在を知っている。
そして、佐平次のおかげで廓が大盛況と、そういう説明は一切ないのは強いこだわりなんでしょう。
軽やかにサゲる。

3席すべてに大きな工夫があって、とても満足。
㐂三郎師は、編集達者だ。自分の語りたい部分を厚めに、そうでない部分は極力簡単にする。
だから大ネタでもわりと時間は短い。
多くの人が逃れられない新真打の壁に当たったのかと思いつつ、ちゃんとそこを破って出てきたのだから立派なものだ。

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作成者: でっち定吉

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