神田連雀亭昼席8(中・立川吉笑「おしくら」)

包装されたおにぎりの米粒がお互い、押し付けられてギュッと身を縮めている市若さんの所作が非常に面白かった。
これは、喬太郎師をはじめとする、新作の人の所作である。
市若さんが面白過ぎて、吉笑さんのマクラが記憶から押し出されてしまった。
でも無問題。本編が強烈だったので。

吉笑さんのnote。
落語を上手くなりたい

今年の初めに読んで、売れっ子自身の問題意識を知った。
確かに吉笑さん、落語上手いね、と思ったことはない。創作力のすごさには感じ入るけども。
新作派、それも創作に定評のある新作派だって落語は上手いほうが絶対にいい。喬太郎、白鳥といった人は上手い。
これが頭にあったところ、今回の「おしくら」は本当に上手い一席だった。
古典だったから、ではないと思う。新作、古典を問わない高座の上でのフォームが。

旅を振って、馬に乗った旅の3人。
あれ、三人旅(びっこ馬)? と思ったら違う。馬子さんの案内で、ようやく宿で落ち着こうと。

「おしくら」というワードが出るまで、この噺は吉笑さんの作った擬古典落語だと思っていた。
小言幸兵衛みたいなくだり、百川みたいなくだりがあり、古典をオマージュして作ったのだ、言い立てまでこしらえてすごいなと。
おしくらが出て、ようやくこの噺が純古典と気づいた。
存在は知ってるが、聴いたことはない。

三人旅はたまに掛かるのだが、これは箱根越えの「びっこ馬」を指すことになってしまっている。
このあとが「鶴屋善兵衛」そして「おしくら」となる。
鶴屋善兵衛とおしくらを一緒にしたのが吉笑さんのものらしい。
そして、確かに創作力も発揮しているのだ。圓生系統と小さん系統、両方の要素が入っているようである。
三人旅、二人旅というのは貴重な旅の噺である。
上方落語の「東の旅」が健在なのに、江戸の噺はすっかりすたれてしまっている。
びっこ馬はまだしも、おしくらはなかなかやりづらいだろう。
旅先で飯盛女をごく普通に買う噺である。おしくらは商売女のこと。
昔の吉原だって感覚的に引っ掛かって落語聴けないなんて人もいる。ましてや、遊郭ではなく宿場での遊び。
現代人からすると抵抗が大きい。
しかも、お相手の一人は目の前で給仕をしてくれている15の少女である。
よくこんな噺やるね。しかし爆笑で客も大盛り上がり。

宿に着いているのに、宿の女将は馬子に世間の情報をやたら聞き出して、旅の3人を馬上にほったらかしたまま。
女将のマシンガントークがたまらない。
さすがに3人も怒ってようやく下ろしてもらうが、今度は女将が女中に対して口やかましいのなんの。
パワハラもセクハラも詰まっている。でも楽しい。
吉笑さんが、言葉の中身ではなく、猛スピードで喋りきる呼吸を大事にしているからのようだ。
なので現代社会の常識からのギャップを、ストレスとして感じなくて済むのだ。
ここまで含めて、ものすごく上手い、と思った次第。
吉笑さんはもちろんそんなことないが、スピーディな語りが「どうだ、俺よく口が回るだろう」という演者の自慢だったら最悪だもの。
調べたらこのおしくら、ネタおろし間もないらしい。そうは思えないけども。

女中と会話が通じないのは百川っぽい。というか、リズミカルな言い立てなので金明竹っぽい。
やりとりのちぐはぐさは、桃太郎師の掛ける「春雨宿」っぽい。
おしくらに抵抗があったとしても、この鶴屋善兵衛のくだりだけやってもいい気がするのだけど。
寄席向きだし。

私のバイブル「五代目小さん芸語録」において、おしくらも三人旅としてまとめて取り上げられている。
「俺たちは女がいねえと眠れねえ性分なんだ。赤ん坊でもいいんだよ」なんてセリフがあって、昔はウケたけど今は引くと小里ん師。
吉笑さんは入れない。

給仕をしてくれる少女と、先ほどおかみさんのパワハラを受けていた18の女、2人用意できるとのこと。
だがもうひとり呼べる。江戸で芸者をしていた年増だと。
その年増がいいと、3人旅のボスともうひとり(源ちゃん)が争う。結局譲ってやるボス。
ちなみに旅のもうひとりは与太郎。与太郎にしたのは吉笑さんであろうか。

女と寝るシーンなどはくだくだ描写されない。もともとこういう噺なんだろうが、吉笑さんの、テーマを揺るがさないという決意も勝手に感じたりして。
さっそく翌朝の情景。
元芸者はどうだったと尋ねるボス。怒りの源ちゃん。おめえ知ってたんじゃねえか?
布団の中にいたのは頭がつるつるになったババアだった。

やり方によったらグロな噺になりそうだが、カラッとしていて実に楽しい。
災難だって、旅の楽しみのひとつなのであった。

続きます。

 
 

作成者: でっち定吉

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