袖から延びてきた手に引かれて、馬遊師よたよたと退場する。
後方の楽屋(仕切っただけ)から喬太郎師が出てきて、袖を回って登場。自分で、座布団折りたたんだあいびき持参。
「この後なにやればいい!?」
こんなやりづらい出番は初めてです。
あの人は意外とプライド高いんですよと。
よくわからないが、たとえば救急車をすぐ呼ぼうとしないところであろうか。
倦怠期の夫婦みたいなもんですよ。お互いきちんとプライド高いという。
これを我々のほうでは倦怠期プライドきっちんと呼んでおります。
爆笑だが、よく考えたら意味不明。
いろいろ噂は聞いてましたけども、今日顔を合わせて安心しました。
今日は馬遊アニさんのために仲間が心配して大勢集まってくれまして。
楽屋にいますが柳家三語楼に三遊亭彩大、一龍斎貞寿という人が心配なのでわざわざ来てくれまして。
羨ましいですね。私が入院したって誰も来ませんよ。
みんながサポートしてくれて、クルマ出しましょうかと言ってくれる人もいるんです。
私も近所だから一緒に行こうかと言いましたけども、大丈夫だというので。
じゃあ、来れるかどうか試してみようと思いまして。
肝硬変に片足突っ込んだって言ってましたけど、片足じゃないでしょ。
静脈瘤破裂なんて、よっぽどのことですよ。
袖からなにか返事があって、今話しかけてねえだろと喬太郎師。
アニさんと開演前に話してました。お酒は飲んでないのと訊いたら飲んでないよと。
何飲んでるのと訊いたら、「ホッピーの白」。
ホッピーならいいのかよと思いましたけども、要はホッピーの外だけ飲んでるんですね。
らくごカフェが喬太郎師に気を遣って、開演前に昭和歌謡を流してくれている話。
太田裕美や木之内みどりの話など。
今日、楽屋入りしたらもう馬遊アニさんは来てました。
打ち合わせしたときに流れていたのが、西城秀樹ですよ。
「♪やめろと言われても、今では遅すぎた」
遅すぎたようで。
私も還暦で、今年61ですよ。
生き死にのことなんか、ちょっと気になるようになりましたね。
でも、馬遊アニさんもそうですけど、みんな一緒にトシを取るんで、あまり怖くないんですね。
白鳥アニさんも同い年ですし、昇太アニさんは年上ですけど世代は似たようなものですし、彦いちさんは年下ですけどそんなにひとまわりも下じゃないですし。
一之輔だけ若いんだけどね。
向こう行ったら、亡くなった先輩に会えるでしょうか。
三木助師匠に会ったら、なにがあったんですかって訊いてみたいですね。
多歌介アニキにも訊いてみたいですね。「ワクチン打っとけばよかった」って言うかもしれません。
うろうろしてたら大師匠小さんに声掛けられたりしまして(モノマネ入り)。
「三木助(4代目)」「多歌介」ネタなんて攻めますな。
どちらも客席には全然伝わってなかったけど。
私だけウケてしまった。
ちょっとマクラ書きすぎたかな。
面白かったもので、次々思い出すのだった。
ただ私の記憶力以前に、まずは師の語りが巧みだからだ。喬太郎師は、かならず話題のどこかに前後に関係するフックが掛かっている。
まるで関連ない話をしているわけではないので、ひとつ思い出すと次々思い出すのである。
マクラ下手な人のものは、「つまらん」という記憶が残るか、さもなければなにも残らない。
本編に入ると、誰かがなにかを謝っている。
謝られているほうは江戸ことばなのだが、でも明らかな新作。
役人が長屋の住民に詫びているのだが、住民のほうは謝られることがそもそもあるのか、まったくわからず困惑している。
なんでも地獄の役人が、皆さんをミスで死なせちゃって本当に申しわけありません。
人間の寿命をつかさどるローソクが、新人に掃除させたら開けっ放しにして、風で消えちゃったんです。
落語みてえな話だな。それにしても、俺ら死んだ気なんてしねえけどね。
ああ、あなた方いつも地獄のような生活なので、気づかないんですね。ここは地獄なんですよ。
お詫びに、天上のお釈迦さまとやりとりして、蜘蛛の糸を垂らしてもらう。踏ん張る蜘蛛の所作に、馬遊師の下血を重ねる。
ただしひとりだけ。
なんでひとりだけなんだ。一人だけ上に上がってもつまらねえ。
喬太郎師、落語のセリフのまま、さっきから噛みがちじゃないかと。
この噺、2~3回しかやってねえんだよ。まだ固定されてねえんだな。
実は結構、作りながら喋ってるよ。
客の私は、知らないこの噺、全然不自然には感じなかったけども。
作りながら喋るというのは、落語の客には信じられないスキルではあるが、やってるほうは昔からで、今さらどうってことはないのだった。
古典っぽい(擬古典落語)ところもあるのだけど、根本的に新作の部分がある。
長屋の衆が、ヤカラである。チンピラふぜいである。
こんな古典落語はない。
お前らのせいで地獄に来たんだから全員上げろとうるさいので、根負けしたお釈迦さまはこれを認める。
そして極楽にやってきて、ここはつまらん。酒を出せ魚を出せと大騒ぎ。
こういう設定の新作落語って、二ツ目さんからも聴く気がする。
ふざけた部分に味があるわけだ。
でも喬太郎師が語ると、こんなのもちゃんとおとなの噺になっている。なんでだろう。
楽しい一席。
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