真山隼人「ネンイチはやと!」(下・「勧進帳」)

桂三枝作「鯛」は和食のお店のいけすを泳ぐ鯛たちの物語。
いかに料理人の掬う網から逃れて長生きするかがテーマ。
文枝師の創作落語の中では実に珍しい擬人化の噺。東京でも柳家はん治師が掛けている。
隼人師によると、なにせ魚の話なので所作がない。だもので腕を振り上げた際にどさくさに紛れて汗を拭くなんてことができない。
なので最後に、今拭きます。
実際はもうたびたび拭いてたが。それに、所作は網やまな板の上でのふるまいなど、いくつかある。
この微妙なウソつき振り最高。

いけすの鯛は客をよく見ておかないといけない。客が見ているときは元気なく泳ぎ、見ていないときは、元気のない鯛から出したい料理人の目を欺くため元気に泳ぐ。

なんてバカな話を節とともに唄いあげるアホらしさと楽しさ。

日頃浪曲にはあまり馴染みがないが、だんだん作法がわかってきた。
落語との根本的な違いは、「フライング拍手」であること。
唄が際まったところで拍手が入る。
これは色物さんへの拍手の作法に近い。
もっとも、中盛り上がりの場面では入れてはいけないようだ。誰も入れてはいなかったが。
落語の場合、サゲのセリフを語っているその最中に拍手をする奴は、例外なく自己顕示欲の肥大したアホであるが。

浪曲の声は、八百屋の親父を洗練させたようなイメージでいたが、隼人師はもっと綺麗な声だ。

鯛のフルバージョン。はん治師はここまでやらないと思う。
盛り上がって仲入り休憩。

休憩中の暗い舞台で、着替えたすみれさん、まみさんがまたテーブル掛けを剝がす。

後半は勧進帳ですとのこと。
大師匠、真山一郎は勧進帳ではなく「武蔵坊弁慶」という演題でやっていた。
なんでかと言うと、勧進帳の場面がないから。
師匠いわく、なに言ってるんか客にはわからん。わしもわからん。
文楽の勧進帳を観ていて、これを使えないかと思った隼人師。楽屋を訪ねてみる。
スタッフさんが、これはもともと歌舞伎のものやからと、松竹さんにわざわざ尋ねてくれる。
松竹さんも歌舞伎十八番だから問題ないだろうと。海老蔵さんも権利は主張しないと思うし。
というわけで無事完成したのだが、今度は新橋演舞場等で歌舞伎のツケを入れている方からコラボのお誘い。
歌舞伎の勧進帳はツケがとても少なく、欲求不満だそうな。
というわけでツケ入り勧進帳が完成した。
二人ともとても疲れるそうな。
今日はツケなし勧進帳。

古典芸能関係者が協力してくれて、実にいい話だなあと。
帰ってきてからEテレの「芸能きわみ堂」の録画を観た。桂吉坊師が、上方芸能との協力関係を語っていて、これもまたシンクロした。
落語好き=古典芸能全般好きとは限らない。だが、意識していようがいまいが、ちゃんと通底している。
もちろん浪曲はさらに古典芸能全般に近しい。

奥州へ逃走する義経一行を捉えるため、安宅に臨時の関所が設けられる。
山伏の姿に身をやつす義経一行。
疑いを掛けられた弁慶、アドリブを駆使するが、ついに義経に似た男がいると決定的な疑いを掛けられる。
弁慶、主人義経を、貴様のせいでと金剛杖で打擲する。
もはや正体は見抜かれているが、通してもらう。

まあ、私が知ってるのもこれだけだ。これで十分。

問答の場面はヒアリングできない。つまり何言ってるのかわからない。
しかし、じきわかってきた。
意味はわからなくても、かつて書写山で修行した弁慶にとって、アドリブで回答するなど造作もないこと。それだけ理解できればいいのだ。

この場面でかき鳴らす曲師、さくら師匠の三味線が素晴らしい。
なるほど、まさにセッション。
ジャズ好きの私にとって、浪曲は意外なぐらい親しみやすいものであることを発見。

関所を抜け、一同休息中にやおら腹を切ろうとする弁慶をすんでのところで義経が止める。
計略とはいえ主人をしたたかに打ち据えた、そのいたたまれなさにもはや生きていられない弁慶。
よくぞああしてくれたと深い感謝の義経。
こんな封建下での人間関係に、現代人も泣けるものだ。

名素材を自分自身の脚本で、見事演じる隼人師。
終えたあとで、先ほど節を付けていた「小遣い帳すら持ってない」について。やや笑い声があった場面。
弁慶はそもそも勧進帳も持ってないが。
これは先輩から引き継いだものです。
さすがに入れなくてもいいようなものですが、なしでやったら別の先輩に、やっぱりあったほうがいいねと言われましたので、入れてます。

楽しい2時間でした。実に刺激的な。
これを機に隼人師もツキイチで出ている浅草・木馬亭に出かけるかというと、急にそうはならないかもしれない。
だが、今後の私の選択肢は着実に増えた。

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カテゴリー: 日記

作成者: でっち定吉

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