野方グリーンホール寄席の柳家花いち(下)

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「荒茶」を終えて花いちさん、こういうのを地噺といいますと解説を。
続けて、今度は新作落語をやりますと。

花いちさん、私が最初に着目したきっかけは、新作落語だった。
でも、らくごカフェで聴いた「へっつい幽霊」もとてもよかった。なので、新作・古典どちらを望んでいるのか、自分でもよくわからない。
どちらが掛かっても嬉しいというのが理想。これこそ真の二刀流だ。柳家喬太郎師みたいに。

新作落語の演題、調べたがわからない。

(※ その後、花いちさんの公式サイトで「オペトメ」と判明。調べるほどの演題じゃないが、「船徳」みたいなイメージなんだろうか)

手術をためらっている90代のトメお婆さん、医師の説得を受けている。
客もあれ? と思いながら聴いているのだが、この医者、妙に「シュジュツ」がちゃんと言えない。「シュ・シュジュツ」になってしまう。
最初は、花いちさんが言い間違ったのだろうと思って流して聴いていると、繰り返されるのでオヤと思っているところに、ようやくお婆さんのツッコミが入る。先生、手術もちゃんと言えてないじゃないですか。
上手い仕掛け。
そして、この日の客がもっとも感情移入しやすい設定の噺を持ってきた。

手術のことを考えたら眠れないというトメさん。
医者のほうは、大丈夫ですよ、私だって3日寝てないんですからと。
実は手術が初めてだという医者。
それでも医学のことまで考えて、この医者に命をゆだねるトメさん。
上手いつくりの噺は、どこかに人情の要素を隠している。
場面が変わり、50年経ってこの医者が今度は患者の立場になり、同じく初めて手術をする医者に身をゆだねている。

繰り返しのギャグもふんだんに入り、実に楽しい一席。
寄席向けだと思う。また聴く機会があったら嬉しい。
婆さんの名前、トメがサゲに出てくるのだけはちょっと反則の気がしたが。
いや落語のサゲ、特に新作に関しては、形式的にオチていれば別になんだっていいと思っている。でも、たとえば「八五郎」とか「与太郎」とかいう名前でサゲを作っていたら、形式的にオチてないでしょう。

婆さん客たちが実に賑やかな仲入り休憩を挟み、最後の一席。
花いちさん出てきて、相変わらず暑いですね。でも季節の違う噺をやりますと。
「お前さん起きとくれ」と噺に入り、くすっと笑いが起きたのを聴いて、「やっぱり止めましょうかね」と「お菊の皿」に切り替える。
年末の噺を仕込もうとするなら今から始めないといけないのだろう。でも、この時季に芝浜は私も聴きたくないな。

お菊の皿、この時季はのべつに聴くが、何度掛かっても飽きはしない、楽しい噺。
ギャグたっぷりの花いちさんのお菊の皿、実に楽しい一席だった。
先日、巣鴨で聴いた古今亭文菊師の、ギャグではなく噺そのものを深掘りしていく一席にいたく感銘を受け、それを激賞した。
なのに今回ギャグ入り、怖さゼロのお菊の皿で笑う私。面白いんだから仕方ない。
といっても花いちさん、ギャグでもって噺を壊してしまうわけではない。
噺自体はこの人らしく終始ふざけた雰囲気で、これが持ち味。
ギャグはふざけたこの噺を膨らませ、思わぬ角度から客を楽しませるいわばサービス。
怖がりの男が、四方を友人で固めて安心していたが、上から来たらどうすると言われたり。
いい女のお菊さんに付け文を出す男がいたりとか。

新作落語においては、その独自の世界観を出すのが上手い花いちさん。
古典落語でも、新作と同じようにすっとぼけたムードを常に出す。
まるでオチケンみたいな芸だと思った。もちろん、本当に素人の芸だというんじゃない。
いい意味でとても素人っぽい。
いい意味とは、どんな意味か。どうだ上手いだろうなんてやり方は一切しないということ。だが気づくと、その世界観に飲み込まれてしまう。
春風亭昇太師の若い頃、こんなムードがちょっとあったんじゃなかろうか。
楽しいお菊の皿を普通にサゲて、次はちゃんと稽古して芝浜やりますのでと花いちさん。

花緑一門も面白い。花いちさんの兄弟子である勧之助、緑君などは「上手い!」と思わせる芸。
いっぽうで惣領弟子のおさん師と、この花いちさんはそれとは違う系統を攻めている。
その下の弟子もよく聴くのだが、二つの路線どちらかに分かれていくように思える。
花ごめ、緑太、花飛、緑助は前者。花いちさんと同じ系統に付いていくのが、圭花、吉緑。
どちらの系統も好きだ。

終始婆さんたちに対して優しい花いちさん、1階玄関でお見送りをしてくれる。

最近、城北・城東づいていて、これらの地域に地元感を持つようになった私なのだが、東京かわら版をチェックすると花いちさんの活動場所は城西、多摩が多い。ちょっと遠い。
忙しそうだから、神田連雀亭には引き続き出ないだろう。またらくごカフェで聴けたらいいのだが。

作成者: でっち定吉

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