鈴本演芸場10 その3(入船亭扇遊「浮世床・夢」)

順番間違えて、百栄師のあとの菊丸師と八楽師を飛ばしちゃった。戻ります。
久々のベテラン、古今亭菊丸師はたいこ腹。実にいい調子なのだが、スラスラ気持ちよく流れ過ぎちゃって、引っかからない。

林家八楽師は紙切り。紙切りの高座は初めて。
前座修業の頃の落語に、なんじゃこれはと立腹したことがある。楽屋修業するんならちゃんと噺家らしくしろと。
本人ではなく、楽屋への苦情である。
鋏試しを切るまで、一切喋らないというワザに出ている。いいじゃないか。
キャリアはまだ浅くても、落語協会の紙切りはちゃんとスタイルになっているのがいいなと思う。

次の権太楼師が、「二楽さんの息子」と紹介し、場内ちょっとザワついてました。
あと権太楼師はマクラで、東京太師匠の免許自主返納のネタも入れてた。
京太師匠、松戸警察に免許返納しに行って、帰り道に無免許運転で捕まったという。絶対ウソだと思うが。

仲入り休憩は、トイレの列が途切れるまで続けますとアナウンス。
クイツキは代演で、曲独楽の三増紋之助師匠。
舞台の組み立て基本毎回同じだが、客を元気にしてくれる点素晴らしい。

続いて三遊亭わん丈師。
春真打になったが、そのお祝いで市馬会長、正蔵副会長、師匠天どんと4人でフランス料理へ行った。
メニューにある「エストラゴンのルイユ」がわからないので市馬会長が訊く。「天どん、龍って食えるのかな?」。
どうやら「ドラゴン」と認識しているらしい。
天どん(モノマネ)返して、「そうっすね、小さい龍なら食えるんじゃねえっすか」。
Sドラゴンという認識らしい。そもそも、会長に対する言葉遣いじゃなかろう、
正蔵師匠は知っていた。香草ですよ。
市馬会長、「なんでこんなところに偉い坊さんが」。
市馬師匠が会長を降りたのは、それから間もなくのことでした。

楽しいマクラを終え、本編はガマの油、だと思った。
若干短いが口上やって拍手もらう。
だが、2周目は違う。コエンザイムQ10入りと銘打つ、その実効能のないガマの油Q10を売りさばく。
その被害者たちが今度は逆襲するという噺。

どうせタイトルは「新・ガマの油」とでも言うのだろうと思ったら、ほんとにそうだった。
ネタ帳で、あとの師匠に「ガマの油は出た」ことを伝える必要があるので。

しかしなあ、楽しいのだけど結局ジャパネットと夢グループのモノマネで成り立ってる噺だもんなあ。
私はわん丈師のこと、嫌いだったことなどない。抜擢に文句などないのも、つる子師と一緒。
しかしなんというか、以前から「絶妙な物足りなさを抱えた噺家」という印象がある。
わかる人にはわかると思います。
古典落語に工夫を入れるから人気があるのだけど、その工夫が、絶妙に物足りない。
もちろん、これ以上やったら噺が壊れるという判断なのだとは思うが。

とにかくこの日の鈴本、個人的には物足りない高座がしばらく続いたのだった。
そこを救ってくださったのが、代演でヒザ前に入っている入船亭扇遊師。
トリの前に取り返せて、本当に良かった。

落語というものは役に立たないものですから、気楽に楽しんでくださいといつもの。
床屋を振って、浮世床。半公の夢。

扇遊師、芸術選奨を獲ってから、単なる一門の総帥を超えて大家になったという印象。
獲るまでは、敬意を十分払われる芸人、という今思うと全然足りない評価だったかもしれないなと、最近そんなことを思っている。
ところが扇遊師を選出した人たちはちゃんと見ていた。これを機に、すでに完成を見ていた芸は、もう一段階レベルアップした。
このことを実感したのが、先日シブラクで聴いた「ちりとてちん」。
重鎮をトリでない出番で出すのがシブラクならではだが、しかし扇遊師はトリネタでないちりとてちんを出し、これがまた絶品であった。

私は最近、改めて「棒読みこそ落語の基本」と考えるようになった。
トリの喬太郎師はまるで違うけども。
抑揚をつけ過ぎたセリフ回しは基本技ではないため、客にハマらずそれることもある。
扇遊師は、棒読みを基本スキルとして持ったまま、抑揚を付けた語りに成功した人ではないのかと思っている。
そういえば、人間国宝・雲助師もそうじゃないかなと。
最初から豊かな抑揚をつけてようとするのではなく、棒読みですべて語れるその上に、豊かなセリフ回しが乗っているのではないか。
これが、心地よさに貢献する。

浮世床(夢)は半公の色っぽい夢を、みんなで一緒になって追いかけるもの。
扇遊師が語るだけで、すべて楽しい。
浮世床は、本も将棋も、寄席でないとまず掛からない噺。だから寄席もやっぱりいいと思う。

半公の語りがいよいよ濡れ場、というところでごく自然に調子を張り上げ、サゲにスッと進んでいいかたち。

ちなみに後半の2席あたりで、延々と咳き込んでるお客がいた。
別に生理現象を非難はしないが、私はこんな状態で出かけなくてよかったなとひとり安心したりなんかして。

また違う余談。鈴本のトイレの張り紙。

「ごんべえだぬき」がいいね。
しかしどうせなら隣にセットで、「お客様へ。汚されますとただでは帰しません。しちどぎつね」という張り紙もいかがでしょう。

続きます。

作成者: でっち定吉

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