三遊亭好楽&三遊亭とむ

ほぼ毎日更新している当ブログ「丁稚定吉らくご日常」の記事で、累計アクセス最多と思われるのが、「NHK新人大賞の桂三度」という項である。

当ブログは、人さまの批判をしないのが基本方針である。噺家さんに対するリスペクトは、常に忘れないようにしたいと思っている。
そんな中、最も辛辣に書いた記事が集客をしているのは複雑な心境ではある。

落語の耳は広く持ちたいものだと常に思っている。古典・新作・江戸・上方、こんな違いはささやかなもの。
若かりし日の春風亭昇太師を打ち上げの席でつかまえて、「古典落語をちゃんとやらないとダメだよ」と偉そうに言い放ったようなジジイにだけはなりたくないものだ。
最終的に好き嫌いが残ってしまうのは仕方ないが、どんな落語であっても毛嫌いするのはよくないし、「落語というものはこういうもの」という決めつけはさらによくない。
だが桂三度さんの噺、そう心掛けた上で何度聴いてもやはりハマらない。なまじ、「100%嫌い」というのではなく、売れた芸人としての側面として、響いてくる部分があるがゆえに、かえって聴いていて辛くなる。

ここで自問してみる。
お前は、結局「落語界」を聖域化し、新規参入メンバーを心理的に拒絶している、心の狭い人間ではないのかと。昇太師を説教したジジイと一緒ではないかと。
だが幸い、「そうではない」と自答できる材料が手元にある。
三遊亭好楽師の弟子の、「三遊亭とむ」。芸人であった頃の名は「末高斗夢」。
芸人上がりの、まだまだキワモノっぽく映りかねないこの二ツ目さん、落語界にいてくれて実にホッとしている。
この人からは、「桂三度」「月亭方正」といった、同じ境遇の人からはいまだ感じられない、「落語」の世界観がびしびし伝わってくるのである。

年が明け、BSトゥエルビの「ミッドナイト寄席」にとむさん出演していて、面白い「都々逸親子」を聴けた。
その前に、「笑点特大号」でやっていた「師匠に捧げるバラード」というものを取り上げる。これは落語ではなく、立ちマイクでの高座である。
「大喜利」は一生懸命には視ないが、「笑点特大号」「笑点なつかし版」などで、落語のいいものが流れることがあり、録画している。
「師匠に捧げるバラード」は、師匠好楽を大写しにしたパネルの前で、師匠のあるあるネタを喋るネタ。節目ごとに「Thank you for everything, respect 好楽」と歌うこれが妙にハマり、何度も聴いている。
高座でウケなくてもポジティブで、頑張るとなると本業でなく競馬。なにかと理由をつけて打ち上げに励む。そしておかみさんには頭の上がらない好楽師匠。これぞ噺家の世界。
私は、落語界の師匠と弟子の関係性が大好きだ。落語そのものではないネタから、落語の世界が聴こえてきた。
そして、弟子が師匠をネタにするのを、快く許して一緒に喜ぶ師匠。

とむさん、間違いなく面白い噺家になるだろう。上手い下手を論じる以前に、噺家ならではの香りをすでに十分漂わせている。
そもそも大ブレイクした芸人でなく、転身が早かった点もよかったのかと思うが、でもこの世界へのハマりようは大したものである。

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「末高斗夢」時代の芸は、You Tubeで視ることができる。
スベリ芸なのだが、このスタイルが落語をやる上で大いに生かされている。「即物的に笑いを取らない」スタイルが、芸人時代に染みついている。
舞台度胸も相当強い。
落語は、客にわからないなら仕方ないや、という引き芸では決してない。前に出るところは出ていく。
反対に、若手の噺家にありがちな、「どうだ、面白いでしょう」と頑張って前に出ていって大コケするということはない。
そして、その最大の腕は、転身してきた特殊な業界、落語界にピタッとハマってみせたこと。

とむさんの落語、新年早々「ミッドナイト寄席」で聴けた。
番組終盤のトークでは、カミカミの高座だったと振り返っていたが、なに、大変面白い芸です。
「師匠に捧げるバラード」でも使っていた師匠ネタを、「都々逸親子」の中に効果的に盛り込む腕も見事。

噺家さんの世界、修業のスタイルもいろいろあるが、厳しい師匠から出来のいい弟子が生まれるかというと、そうでもないところが面白い。
修業の中身、本当のところはもちろんわからないが、好楽一門、とても楽しそうに感じる。
いちばん売れている弟子である兼好師が、喬太郎師の番組で語っていた内容からも、弟子たちの伸び伸びしている様子が伝わってくる。

師匠の三遊亭好楽師、笑点ファンの人気はいまひとつのようだ。
もちろん、大喜利は噺家の本業ではない。だから「落語が上手い」ならいいのだが、たまにTVで流れる高座を聴く限り、そうでもないとは思う。CDも出していないし。
ただ、独特のとぼけた味があって、その味が好きならなかなか楽しい落語である。
楽しい師匠である、という前提を踏まえて聴くと、さらに楽しく聴こえてくる。

好楽師、同業者からは大変に人望のある人らしい。元は先代林家正蔵(彦六)門下であり、その時代に所属していた落語協会にも顔が広い。
忘年会は、芸協の瀧川鯉昇一門と一緒にやっているとか。鯉昇師匠とは、師弟関係のあり方がどことなく似ている気がする。
昔昔亭桃太郎師のブログには、好楽師のことを「落語協会会長になれる器の人」だと書いてあった。現実には無理でしょうけど。

現在の好楽師は、落語界の隅っこにいる円楽党のさらに外様という位置づけ。
だがそんな中から好楽師は、三遊亭兼好師を世に送り出した。兼好師は、柳家喜多八師亡き後の「落語教育委員会」の新メンバーにも選ばれた、明日の落語界を背負って立つ噺家である。
そして、円楽党のプリンス、王楽師の父親でもある。
とむさんも、きっと続いて売れっ子になっていくだろう。
立派な弟子を送り出す好楽師、大変立派な師匠ではないか、という気がしてきた。

作成者: でっち定吉

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