黒門亭1(柳家小ゑん「アセチレン」)

今年は「コストパフォーマンスの高い落語を聴こう」と決意、しているわけではないのですが、でも安いのは本当にありがたいですね。
桂文珍師の「大東京落語会」など、5,500円(当日)だもの。この値段を出すなら、「国立演芸場定席(東京かわら版割引)」と「上野広小路亭定席」と、「亀戸梅屋敷寄席」と「鈴本早朝寄席」に行けて、お釣りが出ます。
文珍師は好きだし、上方落語も聴きたいけども、こういう会にはとても行けません。

広小路亭から日を置かず、柳家小ゑん師ネタ出しの「アセチレン」を聴きに1,000円の黒門亭に行ってきました。
黒門亭には昨年10月、やはり小ゑん師の「鉄寝床」を聴きに行って以来。前回同様、大盛況で満員札止め。
小ゑん師を聴きに、年配の落語好きが集結しているという構図がそもそも面白い。
このファンたちが、座布団から身を乗り出して噺に聞き入っている姿はさらに面白い。
新作落語というものが特殊なジャンルではなく、落語界に深く、シルバー層にまで根をおろしていることがよくわかる。でも皆さん、古典落語も負けず劣らず大好きなのでしょう。
今回は特にいい会でした。

小ゑん師匠の「アセチレン」。
ネタ出しのタイトルを見て、いったい何だろうと思っていた。ひょっとして「溶接オタク落語」かなと。小ゑん師ならあり得なくないけど。
「アセチレン」は結局、歌声喫茶「ともしび」にインスパイアされたお店の名前。

ともかく、脂の乗り切った小ゑん師の落語、なにを聴いても面白い。
外すことなどまず考えられないが、「アセチレン」は、その高い期待を軽々凌駕するすばらしい噺でした。
このブログでもたびたび取り上げている小ゑん師匠。師の新作落語の背景には、古典落語と共通する、気持ちのいい世界観がある。
だから、古典も新作も愛するお父さんたちが集結するのでしょう。
マクラのしょっぱなが、直前に上がっていた台所おさん師の「花色木綿」を受けて、師が昔に掛けていた「花色木綿」の一部ダイジェスト。
八五郎が盗まれたものが「柳家小さん大全集」のレコードで、裏(B面)が「花色木綿」。もう、やたらおかしい。
小ゑん師匠、お目当てにしているので寄席でもしばしばお目にかかるけど、古典落語は一度も聴いたことがない。古典も楽しそうだ。

ところで、「アセチレン」に関していうと、古典落語にはほとんどない構造の噺である。
「アンコ入り」とでもいうのだろうか。あるいは「デカメロン」構造。
喫茶「アセチレン」の中で繰り広げられる、客の語る「ちょっといい話」エピソードが、それぞれ面白い。
本当に、ちょっとしたいい話なのである。ただ、いい話だと思ったらオチのつく小噺だったりと、変化球も含まれている。
古典落語でこういう様式を持っているのは、五街道雲助師が掛ける珍品、「庚申待ち」くらいだろうか。
こういう「劇中劇」方式は、マンガによくあった気がする。
だからこそ、聴き手が共通して持っている琴線に触れるのだろう。

「ちょっといい話」をアンコ、「劇中劇」ならぬ「噺中話」にした新作落語「アセチレン」。
落語本編も、各エピソードと同様、ほんわかムードのいい噺になっている。
こういうムード、どこかで聴いたことがあったな、と思ったら、春風亭柳昇の落語にあった。
ただし本編ではなくマクラで、それもラジオでたまたま聴いた話と断ったうえでのもの。マクラで話すにはオチがないため、話しながら困り気味なのが面白い。
だが、「アセチレン」のように落語の本編に入れてしまえば、オチがなくても「そういう話」として消化できる。うまい作り。

また柳家小ゑん師といえば、メルヘン・ファンタジイの要素を落語に持ち込んだひとだ。「アセチレン」の世界も、ちょっとメルヘンぽい。喫茶「アセチレン」は、新宿二丁目のそれなりの日常と隣り合わせに存在する異世界だ。
この異世界に、ひとときのくつろぎ、ノスタルジーを求めて迷い込む主人公の老人。ちょっとした冒険ファンタジイでもある。
黒門亭にやすらぎを求めて集う落語ファンが思わず重なる。
またぜひ聴きたい噺だ。

黒門亭がどんなところかというのに触れないでスタートしてしまいました。
黒門亭は土日限定の寄席である。その席の寄席に顔付けされていない噺家さんだけが出るらしい。運営は、落語協会の噺家さんたちに委ねられている。
落語協会の2階にあるので、外に並んでいるといろんな噺家さんが出入りしていて楽しい。
ちなみに、中央通りにある「どら焼き」の名店「うさぎや」さんの裏手付近にあります。土日になると、外に人が並ぶ。落語協会付近は商店街ではなく、なかなか不思議な雰囲気。
靴を脱ぎ、靴箱に入れて座敷へ。靴の取り違えは起こり得ると思う。
どんな寄席にも、足の踏み場もなく混雑しているときと、そうでないときとがある。
当たり前といえば当たり前なのだが、混んでいるときに行ったという人のほうが多いわけだ。
かくいう私も、黒門亭には満員のときにしか行ったことがない。
今回も、満員を見越して早めに並んだ。ここは、40人限定である。しかも小ゑん師のトリは第2部。第1部からの通し券を持っている人が10人いるので、第2部から入れる人は実質30人。入れない人がいるのも当然。
入れなかったときのため、代替プランも持っておいたほうが無難です。私も、落語じゃないけど代替プランを持っていった。

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この日の2部のラインナップ。

朝七  / 牛ほめ
歌太郎 / 片棒
歌奴  / さじ加減
(仲入り)
おさん / 花色木綿
小ゑん / アセチレン(ネタ出し)

満員御礼の黒門亭、いずれもいい落語でした。
持ち時間が長いのも黒門亭の特色。「花色木綿」なんて、寄席ではなかなかめぐり合わない噺。聴けたとしても、下駄を忘れたところで切ってネタ帳には「出来心」と書かれる。
仲入り前、三遊亭歌奴師の「さじ加減」も、入船亭扇辰師以外の人が掛けているのを聴いたのは初めて。
大岡裁きもので、骨格が人情噺ふうの「いい噺」である。
「井戸の茶碗」などと同様、滑稽噺でも「ちょっといい噺」というのは現在落語界で非常に幅を利かせている。
ただ歌奴師は、いい噺であることをことさらに強調せず、滑稽噺らしいおかしみを追求している演出。本当にいい噺であれば、おのずからそのよさが現れてくるのである。
珍しい噺というのは、ストーリーを客に知られていない点有利な気がするが、一方で、多くの噺家さんに練られているわけではないというデメリットもある。
珍しさには頼らない、オツな一品でした。

この日の収穫が台所おさん師。
噺家さんもやたら多いから、遭遇したことのない人もいて当然ではある。まずは巡り合わないといけない。
花緑師の年上の弟子であり、先代小さん一押しの芸名をついに名乗ったというのはそこそこ知られた個性だと思うが。
「柳家喬太郎のようこそ芸賓館」でやっていた、真打昇進披露の会はショーウインドーとして貴重だったのだが終わってしまった。それ以降の真打昇進者については印象がどうも薄い。
「おうまのおやこ」の出囃子に乗り、いきなり怪しい雰囲気を漂わせて登場のおさん師。
私の目には作った個性に見えたのだが、花緑師によれば「フラ」芸人らしい。作った個性だとして、芸人さんにそれで悪い印象を持つことは一切ないけど。
今になって「あまちゃん」にハマったというマクラがやたら面白かった。この調子だと、3月には全部DVDを視終わってしまい、その後心配なのが「あまちゃんロス」だという。
そこから「花色木綿」へ。マクラと本編のテンションがまったくシームレスである。確かにこれは、なかなか得難い個性。
間抜け泥棒と八五郎が、ともにしっくりくる。ボケふたりを相手にして、大家はとんがったツッコミは見せない。
クスグリを過剰に入れたりせず、噺本来でウケさせている。柳家伝統の芸だという気がする。
非常に面白かったが、一方であくまでも軽く、胃にもたれないので、客は疲れない。だから、トリの小ゑん師匠の邪魔にはならないのもいいところ。
こういう、色物さんの入らない会において、クイツキでありヒザである役割を果たすにあたっては、どんなテンションで立ち向かうのだろうか。軽くやろうというには、時間も長い。かといって、爆笑をかっさらっていくというのもまずいだろう。
いろいろ気も遣うことでしょう。

受付でもらった黒門亭の予定表を眺める。
チケット半券十枚で一回無料と書いてある。今まで知らなかったな。千円で入っているのに、半券に100円の価値があるのである。
だから濃いファンが多いのかとも思う。ちょっと煮詰まり気味なくらい。
主任の師匠は、今回の「アセチレン」同様、ネタ出しが多い。
ネタを知らずに行くのも寄席の魅力ではある。その日の入り具合、出た噺、気候等を勘案してネタを選ぶのも腕の見せどころ。
だがネタ出しも、それを目当てに行けるのは悪くない。
今月のネタ出しで気になったのは、百栄師の「厩火事」。ヒモ亭主を高い声の頼りないキャラで演じたりするのだろうかなどと想像してみる。天然ボケのお咲さんは得意そう。
聴きたいのは、小里ん師の「木乃伊取り」。寄席ではなかなか聴けない噺だ。

作成者: でっち定吉

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