芸協のリーサルウェポン? 鯉昇師匠について。
先に触れた故・春風亭柳昇師の弟子であり、春風亭昇太師の兄弟子である。
世間での知名度はさほどではないと思うのだが、今いちばん面白い噺家さんだ。
弟子が14人もいるというのもすごい。面白い弟子もいるので、いずれ芸協の最大派閥になるものと思う。ただ、たぶんなんの権力も行使なさいますまい。
鯉昇師は、「本格派」の噺家さんとは呼ばれないだろう。
では、「異端」なのか、または「爆笑派」なのかというと、そういう言葉もふさわしくない。
ちょっと変わった落語であるし、笑いも取れるのだけど。
爆笑派とは、「爆笑させるだけじゃねえか」という、ある種侮蔑的な表現になることもある気がする。注意して使うようにしたいが、偏見なく「爆笑派」を使うとしてもやはり鯉昇師には似合わない気がする。
あえていうなら「浮笑派」だ(なんだそれは)。日常を離れてふわふわと、異世界に連れていってくれる落語なのである。
入門時の師匠、先代春風亭小柳枝と一緒に、商店街で寝たり、道端のたんぽぽを摘んで食べたりといった不思議なエピソードの持ち主である。
鯉昇師もまた変わった師匠で、そういうところに変わった弟子が大勢集まる。そのエピソードもたくさんある。
TVや雑誌の取材などでは、面白おかしくこうした逸話を語る。
先日の「柳家喬太郎のイレブン寄席」のフリートークでも、爆笑を呼んでいた。しかも、前へ前へという芸風ではないのに、自然と話の中心になっている。不思議な話術をお持ちだ。
もっとすごいと思うのは、高座では、この面白エピソードは一切喋らないこと。決めネタだと思うと同じエピソードを繰り返し話す噺家さんたちの中にあっては、異彩を放っている。
高座に上がる鯉昇師は、すでに素の噺家であることをやめ、違うモードに入っている。あえていうなら、人のいい「甚兵衛さん」モード。「与太郎」ではないだろう。
座布団にゆっくり座り、なにもしゃべらず白い歯を見せてにっこり微笑む。これでもう、お客は鯉昇ワールドに連れていかれてしまう。
マクラやクスグリも独特だ。鯉昇師自身は古典落語専門だけれど、新作の一門にいたので「噺を作る」ことに関しては相当影響を受けたはずである。だから、ありきたりなものや、受けないマクラやクスグリは振らない。ほとんどが創作マクラだ。こんなの。
地元、静岡の話ですが、サルが人里に出てきて、畑を荒らすようになりました。サルは学習する動物で、人のまねをするようになりました。横断歩道を、手を上げて渡って里にやってきます。そして、トウモロコシ、スイカなどを持っていってしまいます。今年は、はじめて枝豆の畑がやられたそうです。噂によると、同時に酒屋から缶ビールもやられたそうです。秋口はカボチャがやられます。両脇にカボチャを抱えて山に帰るのですが、最近では3つ目のカボチャを足で蹴りながら山に帰るサルが現れました。地元では、これをフットサルと呼んでいるそうです。
こういう不思議なマクラを、ふわふわと喋る。しかしながら、ひとつひとつの喋りは大変きちんとしているのだ。
お客をワンダーランドに連れていった鯉昇師は、連れていった先における、まっとうな語り手の役割を果たしているのではないだろうか。
だから、決して落語の世界は壊さない。お客が、出発してきた通常の世界を思い出し、連れていかれた先のワンダーランドと通常の世界を同時に見ようとすると、そこに笑いが生まれる。気が向いたら異世界にとどまって、鯉昇師と一緒にふわふわと浮遊してもいい。とても楽しい経験である。名作「時そば」も、鯉昇師にかかると「そば処ベートーベン」になってしまう。
だからといって、時そばの世界を破壊することはない。鯉昇師が連れていってくれるのは、時そばが違う進化を遂げた異世界なのだから。