三遊亭円丈著「師匠、御乱心!」

2018年3月に文庫で再版されたこの本を、今頃になってようやく読んだ。
三遊亭円丈著。
図書館にあったのである。
落語も安い席ばっかり行っているぐらいなので、本は本当に買わない。隣の区の図書館まで使い倒している。
著者の皆様、すみません。
なのにちょくちょく本の広告は貼るという。

といっても私はこの本、再販のものが初読ではない。10年以上前に読んだことがある。当時は「御乱心」というタイトル。
どうしても読んでみたくなって、その頃は本も普通に買っていたのだが図書館の横断検索をし、隣の区まで出向いて読んだ。すでに図書館にも、御乱心はほとんど置かれていなかったのだ。

ちなみに、特に円丈師とは関係ないが、暴露本でもう一冊、同時期に同じように探して読んだ本がある。
金田一だん平「落語家見習い残酷物語」というもの。
こちらは実になんともしょうもない本で、再販されることはないだろう。
実名で取り上げられている実在の噺家について、「なんてひどい人だ」という感想がまったく湧かず、むしろ著者に関わったことを同情したくなる大変な暴露本。
人物を捉える、角度のトンデモ感はある種とても面白い。
二冊の書物に共通して出てくるのが、川柳川柳、三遊亭圓窓、そして先代林家正蔵。

御乱心と同じ、落語協会分裂騒動を扱った書物としては、金原亭伯楽「小説落語協団騒動記」がある。
こちらは確か、昔に買って持っているはずだが、インパクトと質とにおいて、御乱心には遠く及ばない。

さて御乱心。
10年以上置いて読んでみると、改めてこれは名著である。
95%が真実であり、残りの5%も嘘ではないということであるが、ノンフィクションである前に私小説として実に面白い。
円丈師、すばらしいことに、この小説の中でまったくエエカッコをしていない。
世間から非難されかねない師匠圓生に対する、円丈師自身の無礼も、すべて明らかにしている。
暴露本ではあっても、自身の正当性を世間に対して強く訴えかけようという内容ではないのだ。
なにしろ円丈師、危篤の師匠を看取るために病院にあえて駆けつけず、師匠宅で留守番を買ってでたくらいなのだ。自宅を出る際には奥さんに「(師匠が)死んでくれなきゃ困る!」と叫んだそうな。
それでも病院に一刻も早く駆けつけたい圓生のおかみさんには感謝されたわけで、むしろ円丈師、積極的にワルぶっている姿すら浮かぶ。

兄弟子、先代圓楽への恨みつらみのすごさが有名なのだが、よくよく読んでみると、その描写もまた、簡潔である。
一人称で書かれるときはもちろん円丈師の主観で描かれるが、それよりも、圓生および他の一門の噺家との会話の中で、先代圓楽の不義理ぶり、ナルシストぶりが自然と描かれるのだ。
そして、円丈師の驚異的な記憶力により、前後の行動についての矛盾を常に露呈する先代圓楽。
「御乱心」を送り付けられた先代圓楽が怒りの余り本を破り割き、しかしながら気になって夜中に起き出し先を読み続けたという、出どころの不確かなエピソードが、文庫版オリジナルの後日談として書かれている。
その後も圓楽と円丈師の関係はよくないままだったが、そこからすると間違いなく、ちゃんと読んだのだろうと思われる。読まなきゃ気にもならないわけで。
人間、事実を指摘されるのが一番こたえる。しかも、反論できない事実であれば。

そして、プライドを優先して弟子たちを地獄に巻き込んだ師匠・圓生への思いもまた、非常に厳しい。
だが文庫版のあとがきにおいて、すでに亡くなって久しいこの師との、円丈師の精神的な和解が描かれているのは救い。
御乱心を書いたおかげで、圓生恐怖症からようやく逃れられたという円丈師。
師匠は選んで入門した相手なので、関係性を完全に否定することはできないのだ。これが兄弟子である先代圓楽との違い。

同じく兄弟子、圓窓師のことも相当悪く書いている。あっちにつきこっちにつき、状況を見て態度を変える圓窓師。
この人の立場では仕方なかったのだろうとも書いているものの、後日談ではフォローがない。
円丈、圓窓対立というと、鳳楽師を交えた例の圓生襲名騒動を思い出すが、その芽はここにもあったのだ。

それにしても、落語協会を割って出た三遊協会の、なんと小規模だったことか。これは今さらながら驚いた。
本の冒頭に載っている圓生一門図を見て。
当時圓生の直弟子は、川柳、一柳の二人が協会に残ったので10人。そのうち真打は7人だけである。
先代圓楽の弟子も、4人しかいなかった。現在の鳳楽、圓橘、当代円楽、そして前座だった楽之介。
他に圓窓師の弟子がふたり。
落語協会の古株たちも、この当時の吹けば飛ぶような規模だった圓生一門のイメージが抜けないのではないだろうか。

円丈師たちが協会に戻り、さらに別れてできた現在の円楽党は、さらに小さかったのだな。
この規模感からして、落語協会、さらに被害に遭った芸術協会の古株たちの、現在の円楽党に対する思いの複雑さが見えてくる気がする。
もっとも、先代圓楽になんの思い入れのない私、円楽党のファンであります。時代は変わる。

円丈師もしばらく聴いていない。9月の国立、毎年恒例の主任だったのに。
台本を置くようになり、「日本の話芸」の出演もなくなった。
それでも、聴けばなにかしら驚かせてくれるはずだ。

作成者: でっち定吉

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