柳家喬太郎「茶代」

私にとっての落語の基本は柳家喬太郎師にある。早速10月上席、鈴本はこの師匠の主任であるので、行くつもり。
寄席で聴こうと思えば行列を覚悟しなけりゃいけないが、それぐらいは我慢しよう。

この師匠が好きなのはいいとして、破天荒なその芸について、「落語の基本」だと認識しているのは自分でも不思議だが。
この師匠、どこを切っても落語が噴き出してくる。そういうありさまに、基本を感じるわけである。この人の血肉には落語が詰まっているのだ。
師の落語、実にバラエティに富んでいる。ドタバタコメディから人情噺まで。そして、それが古典と新作、両方にまたがって存在している。
さらに、復刻落語までやっているのだからなんともはや。
喬太郎師が滅びた落語を復刻した成果として、「綿医者」「仏馬」「擬宝珠」などがある。
中身はいろいろで、仏馬や擬宝珠はきわめて古典落語らしいつくり。綿医者は、どうみても新作というバカ落語。
擬宝珠も非常に好きな噺で、3年前に当ブログで取り上げた。

今回取り上げる「茶代」もまた復刻落語である。
実に軽い噺であって、喬太郎師の芝居(トリ)で聴くことはあり得ない。新宿末広亭の浅い出番に、たまに顔付けされたときだったら聴けるかも。

田舎から商用で江戸に出てきた旦那と喜助。茶店で茶代を置くときの符丁を決める。
従者喜助のことを「六助」と呼べば六文、「八助」と呼べば八文置くのである。
茶店で雨に降られ、喜助は傘を取りに宿に戻る。喜助が戻る前に雨が上がったので、旦那は先に出ることにし、茶店の主人に、戻ってくる供の名前を呼んでやってくれと頼む。「八助」というのだ。
だが、茶店の夫婦が符丁を見抜いてしまう。
戻ってきた喜助に、茶店の主人は「百助さん」。
喜助は財布を改めるが「これは困った。三十二助しかございません」。

というだけの短い噺。
サゲまで紹介するようなことは通常はしないのだが、この噺に関しては、なんら価値は下がらないだろう。大目に見てください。
実になんてことない噺だ。喬太郎師も、ちっとも弾けてはいない。
この一見地味な噺が、好きで仕方ない。基本の詰まった落語は、繰り返しの鑑賞に堪えるのだ。
いかにも古典落語らしい、非常にのんびりした世界が描かれているのがとても楽しい。
田舎者が出てくるが、別に江戸っ子から見て馬鹿にする対象としてではない。のんびりした世界の代表。
登場人物も、いい意味で記号化されている。
符丁を見抜いて百文吹っかけようとする茶店の主人も、別に欲の塊ではない。描写はされないが、いたずら心で「百助さん」と言ってみたのだろう。たぶん。

茶代のVTRは2種類持っている。
ひとつが2015年の「ようこそ芸賓館」のもの。もうひとつが2017年の「演芸図鑑」。You Tubeに出ているのは後者の音源である。
これ以外、落語研究会のものも持っているはずだが、整理が悪く見つからない。
ふたつ聴き比べてみると面白い。特にマクラは自分の番組のほうが弾けていて、NHKではおとなしめなのは当然なのだが、噺の構造は演芸図鑑のほうが進化し、より洗練されている。
マクラはチップの出し方について。
芸賓館のほうでは、ものすごい厚みの束を地方でもらって、開けてみたらビール券だったという。あとクオカード。
演芸図鑑では、「月日のたつのは早いものだ」という古典の小噺を振っている。
芸賓館では、茶代の相談において、「うちの旦那はしみったれだ」と喜助がボヤいたりするやりとりがあって符丁を思いつくのだが、演芸図鑑では、もっとさりげなく思いつく。
芸賓館では、傘を取りに行く喜助に対し、なんと呼びかけようか旦那はまだ迷っている。このやりとりが演芸図鑑では省略されている。
旦那は吉原に行きたくて気がせいているのだが、その際、茶屋の主人の反応を待たず「冷やかし」だと付け加えるのが、演芸図鑑だと早くなっている。
聴き比べると、より物語が平板に、滑らかになっている。だからこそ、落語の古典化が進んでいて楽しくなる。

この噺は「復刻」といっても、一席の落語として存在したことがあったわけではないみたいだ。よく知らないのだが、元は小噺らしい。
だが、喬太郎師が細部を作り上げたのであろうこの噺、前座噺として、古典落語のラインナップに仲間入りする資格がある。
前座噺は、落語の基本。構成の実にしっかりしている噺の数々である。
茶代は、見事に前座噺の特質を備えている。物語にさしたる起伏がなく、登場人物も4人だけ。3人同時に会話をすることはない。
柳家の前座さんから、落語界に広まってくれないかなとひそかに期待しているのだが。
いつも道灌や子ほめ、牛ほめばっかりというのもナンである。毛色の違った前座噺があってもいいのではないでしょうか。
そして、この噺を覚えることで、前座さん、落語の呼吸というものをすべて身に着けることができると思うのである。
それぐらい、見事な一席。

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作成者: でっち定吉

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