自作新作落語「なぞかけ神さま」

「ごめんください・・・ああよかった。いらっしゃいましたね、神さま」

「これはこれは、遠いところまでよく来てくださいましたな、疫病神さま。ちまたではあまり歓迎される神さまではないかもしれませんが、わしは来てくださって嬉しいですぞ。どうぞお上がりを」

「お邪魔します。地上の連中が疫病神の私を忌み嫌うのはわかるのですが、天上での扱いも似たようなものですよ。まあ、私は嫌われてナンボの神ですから」

「そんな神さまだからこそ、わしを訪ねて下さるのですな」

「それにしても、心配しましたよ。なぞかけの神さま。あなたが天上から追放だなんてね。驚きましたよ。」

「いやいや、上の連中はどうにもシャレが通じなくていけませぬわい。それでも、本業のなぞかけで天上を騒がせたので、わしも本望ですわい」

「上ではもはや伝説ですからね。あのアメノウズメさまのなぞかけはお見事でした。『天岩戸のアメノウズメの踊りと掛けまして、浅草寺と解く。その心は、皆さん観音さまを拝みましょう』」

「アメノウズメさまというのはなにしろストリッパーの元祖であり芸能の神さまですから、わしからしたら、このなぞかけはリスペクトなのですわい。それなのにまったく、シャレの利かない連中ですわい」

「観音を持ち出したのが幹部連中の逆鱗に触れたようです。いまだに明治の廃仏毀釈の時代を引きずっておりますからね。それにしてもねえ、(見回して)神さまが北赤羽のアパートでひっそり暮らしていらっしゃるなんてね」

「まあ、駅の高架下にスーパーのライフもありますしの。しまむらもあるし、なかなかいいところですわい」

「ほんとだ。ライフの買物袋がたくさんありますね。自炊されたあともあります。神さまはマメでらっしゃる」

「自炊といってもカレーばっかりですわい。たまにハヤシライスやら牛丼、あんかけ焼きそばなども作りますがの。なにしろ、わしは掛けるものが大好きでしてな」

「なるほど。ではざるそばは召し上がらないのですね。かけ専門」

「そのとおり。カレーでよかったら疫病神さまにも今度ご馳走しますぞ。ちゃんと一からスパイスを調合して作っておるのですわい。先日作ったカレーは、我ながらよくできましての。ひと口食べて『マジ、神』とつぶやきましたわい。七福神もびっくり」

「びっくりするのはインド人じゃないんですか?」

「なに、カレーといえば福神漬けですわい」

「楽しそうですね。でも、別に天上から永久追放というわけではないのですし、地上で大人しくしてればいずれ戻れるのでしょう?」

「いやいや、わしは上にはもう飽きましたわい。といってもそろそろ蓄えも尽きましたのでな。人間相手にひとつ、この地上で勝負してみようかと思っとります」

「ほう、神さまが地上で働くと。するとやはり、あなたの本業を活かしてですか」

「そうですなあ。わしもこの、なぞかけ以外に取り柄がないですからの。これでひとつやってくしかないですわい。成功したら、それを元手になぞかけ大明神でも建立して、賽銭生活に入ろうかと思っております」

「さすがはなぞかけの神さまだ。神さまの本業の、なぞかけのほうは最近いかがでしょう」

「ほほう、最近のなぞかけと来ましたな、ではひとつ即興で捻り出すとしますかな。疫病神さま、それではひとつ、お題を願います」

「お題ですね。では疫病神らしい題で『スランプ』というのはどうでしょう」

「ほうほう、『スランプ』とな。では。『スランプでなぞかけができない』と掛けますな。そして、町内一の小町娘の帯と解きます」

「スランプでなぞかけができないと掛けて、小町娘の帯と解く、その心は」

「解けないものを解いてみたいでしょう」

「相変わらず冴えてますね」

「まあ、このくらいのものはすぐできるのですわい」

「そのなぞかけは、一体どこで披露するのですか」

「落語の寄席というものが都内に4軒ありますな。あの高座に上がってみたいのですわい。お客人から題をもらってすぐ作るのですわ」

「なるほど、落語の寄席なら細く長く務まりそうですね。うーんただ、人間で先にやっている者がいますよね」

「確かにその者は気になりますわい。わしの出たい落語協会の寄席にはその者はおらんのですがの、客はみんな知っております。ですからわしのなぞかけには付加価値が必要ですな。ですからの、舞台に出てから、最初に小噺をやろうと思うのですわい」

「ほう、小噺。どんなのですか。ぜひ聴かせてください」

「まだ未完成ですがの、出からやりましょうかな。こんな感じで袖から登場するのですわい」(深々とお辞儀)。

「いよ、待ってました」

「『毎度なぞかけで皆さまのご機嫌をうかがいます、なぞ掛けの神さまでございます。神さまの端くれではありますが、本当の神さまはお客さまです』」

「ここで拍手ですね。パチパチ」

「なぞかけの前に準備運動で、神さま小噺!」

「あ、一段調子が上がりました」

「わしは神じゃがの、そこの紙っきれに申したい!」

「あ、カミシモ振るんですね。ちょっと落語っぽい」

「『切れ端の分際で、わしとおなじカミを名乗るのは、いささかおこがましいのではないかの』『そんなことはございません。私は和紙です。確かに神さまは人を救いますが、和紙も金魚を掬います』」

「・・・見事ななぞかけに比べますと、少々微妙かもしれません。ただ、スベリウケですがつかみを取るためには使えるのではないですか。堂々としていればいいでしょう」

「疫病神さまは演芸に造詣が深くておられるのう」

「昔から好きでしてね。ただ、あんまり私が力を入れると、業界さびれてしまいますからほどほどにしてますけどね。なにしろ疫病神なもので。なぞ神さまも、ライバルを蹴落としたいときはご相談ください。私がそやつの贔屓になります」

「それは心強いですが、さすがに神のはしくれが神頼みというわけにはいきますまいな。それにしても、先ほどのは爆笑小噺のつもりでしたのでいささか残念ですな。ではもうひとつ、今度は漫談風の小噺を聴いてくださいますかな。
『神さまなのに私、今さらスマホにハマりましてな。ゲームのやりすぎで通信の容量が足りなくなりまして。追加容量を申し込むためにちょっとアルバイトしたんですよ。私、神さまなので畑違いですけどお寺で働きました。無事、容量も必要な分の千倍も追加できました。これがほんとのテラバイト』」

「今度はちょっとクスッと来ました」

「小噺ですからな、クスッとすればいいのですわい。泥棒小噺の「におうか」とか、与太郎小噺の「十三か月」より面白ければそれで十分ですわい。では次に疫病神さま、舞台の上のわしじゃと思って、改めてなぞかけのお題をくださいませんかの」

「わかりました。紙切りのときみたいに声掛ければいいんですね。では、『立川流!』」

「立川流とな。寄席っぽいですな。立川流と掛けまして、皇室と解く。その心は、だんしが途絶えると大変でしょう」

「上手い! さすがなぞかけの神さまだ。では続いて、『林家九蔵!』」

「またいささか、ディープなお題ですな。しかも結構以前の話題ですし」

「寄席ですからそんなのも出るでしょう」

「なるほど、では。林家九蔵問題と掛けまして、赤ずきんちゃんと解く」

「その心は」

「どちらも『おーおかみ』(大女将)が怖いでしょう」

「上手い! これなら爆笑間違いなしだ」

疫病神さまに励ましをもらったなぞかけの神さま。さる真打の師匠の一門に加えてもらい、色物、なぞかけ芸人として無事落語協会に所属できました。

芸名はシンプルに「神さま」です。

今日も北赤羽から埼京線に乗って、池袋に向かいます。

池袋演芸場の舞台に出て、まずは冒頭の挨拶から。ただの挨拶ではつまらないので、いろいろと工夫をしています。神主が持つ「御幣」を手に持って振り、つかみギャグを披露します。

「それー、ほうねーん満作。ごこーく豊穣」。

「待ってました神さま」「パンパン」

声だけでなく、柏手が打たれて、お賽銭が飛んだりなんかします。

「嬉しいですね待ってましたなんて。私のほうも待ってるんですよ、お賽銭とご祝儀をね。おっと神さまがおねだりしたらいけませんな。私なんかね、拝んでもダメですよ。効能があるのは、なぞかけが上手くなることだけですから。もっとも謎を掛けるのは上達してもね、人生の賭けにはだいたいしくじります」。

お客の声掛けにもアドリブで対応します。

「お題をもらって即興なぞかけをひねる神さまでございます。ひとりものなので、カミさんのいない神さまです。おかげさまで先日、地方の落語会にゲストで呼んでもらいましてね。そうしましたら、私のために楽屋を個室で用意してくださってるんですよ。ありがたい限りです。で、楽屋には私の名前が貼ってあるわけですね。『神さま様』って。いいんだよ神さまで。気軽にひとつ神さまって呼んでください」

漫談もすっかり上達して、大人気。

それからマクラがわりの小噺。

「昨日も池袋来ましたらね。西口の駅前で無料でなにか配ってるんですよ。見たら豆腐なんです。私もね、ひとり暮らしですからありがたく頂戴しました。でも、東口では配ってないらしいんですって。西口だけなんだそうで。なんでも、ふしぎな不思議な池袋、東は西武で西豆腐っていう」

小噺もぼちぼち受けるようになりました。

その後、いつものようになぞかけのお題をもらいます。

「池袋演芸場!」

「はい、池袋演芸場と掛けまして、くさやと解きます。その心は、最初は刺激が強いが慣れたらやめられなくなるでしょう」

「上野広小路亭!」

「おっとご通家でいらっしゃる。それでは、われわれ落語協会員にとっての上野広小路亭と掛けまして、料金滞納の携帯電話と解きます。その心は、呼び出しがないから出られないでしょう」

「文蔵!」

「はい、橘家文蔵師匠と掛けまして、ゴボウと解きます。その心は、ちんぴらと仲良しでしょう」

「ゴボウはきんぴらじゃねえのかい」

「まあ、細かいことは気にしなさんな」

「喬太郎!」

「噺家シリーズですな。柳家喬太郎師匠と掛けまして、真夜中の灯台と掛けます。その心は、下を覗いてもなにも見えないでしょう」

「ああ、腹がでかいからね」

「小三治!」

「はい、柳家小三治師匠と掛けまして、寝床に行ったら布団がないと解きます。その心は、マクラさえあればいい」

「なんだとこの野郎! 俺の人間国宝を馬鹿にしやがって」

熱狂的小三治ファンのお客が舞台に踊り込んできました。ボカスカボカスカ。もったいなくも神さまをボコボコ。

幸い、前座さんがすぐ出てきて、喧嘩を止めに入ります。

怒っていたお客も、相手が人間国宝どころか、本物の神さまだったことを思い出します。

シャレがわからず、舞台を台なしにして悪かったと、神さまにお詫びをいたします。

「神さま、ご機嫌直しにちょいといかがです。いい串カツの店がありますのでご馳走させてくださいな」

「ほう、串カツとな。初めて食するな。なになに、『串カツでおまんがな』か、変わった名前の店よの」

「まあまあ、神さまビールでよござんすか。御一献といきましょう」

「へい串カツお待ち」

「ほう、これが串カツか。旨そうよの」

「そうだ神さま、初めてでしたらお気を付け下さいまし。串カツはこのソースに、一度だけしか漬けたらいけねえ決まりになっておりますんで。二度漬け禁止です」

「なに、二度漬け禁止とな。案ずるな、漬けはせん、わしは掛けるのが専門だ」

※ 2018年の落語協会新作台本募集落選作品を改稿しました。

作成者: でっち定吉

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