鈴本演芸場4 その4(春風亭百栄「誘拐家族」)

鈴本演芸場、少々進んで、春風亭百栄師。
この師匠、池袋だと結構頑張るが、他の寄席だともう一つの印象を持っている。
決して手を抜いているわけではなく、寄席というものの捉え方の問題なのだろう。冒険せずに最大公約数を狙いに行く。
先日、「浅草お茶の間寄席」に登場していたのに、漫談と小噺だけでかなり驚いた。中継でも寄席の流れを優先してしまうのだからかなり堅固なポリシーだ。
この日は先に出た三遊亭歌司師が漫談を出している。
その後柳亭燕路師の「辰巳の辻占」など古典落語も多数出ているので、百栄師は新作をやったほうがニーズに合っている。

私のこのかわいらしい、ももえの上には亭号があります。私の亭号は、はるかぜ亭と書いて春風亭。
いつものマクラだが、この先が聴いたことのない内容。
春風亭で検索してみてください。類推ワードが後ろに出ますと。
まず「昇太」。
次に「小朝」。
それから「一之輔」。
次かな、と思うと「ぴっかり」。客、大ウケ。
帰ってから私も実際にやってみたら、「柳昇」「柳橋」「柳朝」「一朝」「昇々」「昇吉」「昇也」「三朝」「正太郎」「一花」まで出てくるのに、百栄師は出なかった。
がんばれ、ももちゃん。

落語に出てくる悪人はなんだか憎めないですねと振って、本編は「誘拐家族」。
しんうら寄席で聴いたことがある。こんな出番にはぴったりの、ごく軽い新作落語。
娘を誘拐して、わずか50万円の身代金を獲ろうとするアホな男が、「締め込み」のごとく家族をまとめる実に変な楽しい噺。
別に人情噺の気配などかけらもないが。
アホな男、誘拐電話で本名を早速名乗るなど、バカすぎて憎めない。
当の娘が、50万円の要求に屈辱的だと怒り、せめてと500万円にさせる。
500万円なんてと腰を抜かす誘拐犯。そんなにあったら板橋区が買える。
買えないよ。じゃ、北区。
以前聴いたときは、電話のあっちとこっちを切り替える際、扇子を右から左に持ち替えていたが、それはもうやめていた。
やらない理由はよくわからない。
改めて百栄師の新作の特徴は、登場人物が決してふざけないことだと気づく。いや、ふざけた人間たちだし、大真面目に行動しているわけでもないが、それぞれが独自の行動原理にのっとって生きているのだ。
それがおかしいのである。
よく考えたら古典落語っぽさでもあるな。

春風亭一之輔師は、あんな噺(百栄師の)で客が笑う。寄席とは平和なところですと。
本編は黄金(きん)の大黒。
この人も楽しみにしてきたが、その客のテンションはともかく、ご本人にとってここは日常。
そして、ちゃんと出番によって噺を選ぶ。
黄金の大黒は、この人からは初めて聴く。実に噺の数の多い人だ。
そして、実に軽い。
まあ、古典落語の世界観を揺るがす一之輔師にしては普通でした。
いや、寄席がそういうものだということは先刻承知しております。

仲入り前、イッチョウ懸命の春風亭一朝師は、この師匠の定番中の定番「芝居の喧嘩」。
寄席らしいなあ。
いかにも温和な人なのに、非常に啖呵のいい素敵な師匠。
一朝師ご本人に対してではないが、ちょっとだけ嫌なことがある。
この噺、ダジャレをクスグリとして多用している。
「カミナリは怖いね」「なるほど」とか。
だが、だんだん客が噺に参加してくるのだ。いちいちダジャレに対し拍手を入れるようになる。
この噺に関していえば全然構わない。
だけど、アホな客は、ここで間違った作法を覚えてしまう。つまり、ダジャレでもなんでも、拍手をするのが礼儀だと勘違いするのである。
まあ、寄席なんてそんなもんだといえばそんなもの。そんなものに通おうと思っている私である。

仲入り休憩時に、楽屋を出る一朝師を、隅田川馬石師が外まで出て見送っていたのを見た。
一朝師は私服がオシャレである。この後は池袋のトリ。
その後すぐ、のだゆきさんも楽屋を後にしていた。階上のトイレを行き来する客たちに、見事に溶け込んでいました。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

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