堀之内寄席3 その2(昔昔亭喜太郎「宮戸川」)

二番手は昔昔亭喜太郎さん。
昨年笑点特大号のチケットをいただいたのだが、お礼をしなきゃと思いつつ、家内の反対でできていない。
まあ、そんなつまらぬ理由でこの才人の高座、避けていられないしな。

入門する前、議員の事務所にいたマクラから。
そして、女性の色気をどう表現するかについて。
左にあるものを右手で取ると色っぽくなると実演してみせる。右耳のピアスを左手で外したり。
面白い顔のこの人がやると、まずはギャグとして伝わる。
そして、落語というものは妄想なんですと。
遊かりさんの堪忍袋もそうです、もし結婚していたらこうなるという妄想の噺ですと。
私も恋がしたい、結婚してますけどねと。

その「妄想」の噺だという本編は宮戸川。
喜太郎さんは桃太郎師の弟子で、新作派だが。
トリの鯉八さんが新作なので、後輩の喜太郎さんが遠慮して古典を掛けるのはある種当然。
だが、初めて聴く古典落語が、あまりにも見事なデキで驚愕した。
新作派が古典を掛けたとき、もちろん面白いこともある。だがいっぽうで「やむなく古典」であるとか、「客はともかく私自身は本当は古典落語好きなんですよ」的なものを見かける。
落語協会の新作派二ツ目さんの「宮戸川」もそんなものだった。本人は楽しいのかもしれないが、私の大好きな宮戸川をズタズタにされたような、残念な気分を味わった。
私は新作落語をこよなく愛する者である。
古典しか認めず、新作落語を悪く言うという人がいたら、円丈師匠と一緒に怒ってもいい。
そんな私ではあるが、喜太郎さんについてはもう、古典に力を入れたほうが正解なんじゃないかと思った。
圧倒的な古典なのだが、新作派ならではのスキのない作りであった。といって、パロディではない。
新作を手掛けているがゆえに、落語の隅々まで神経が行き届くようになったといういい見本。

まず、「妄想」で古典落語をくるんでしまうのが見事な工夫。
高座の演者は地の本人ではなく、1枚皮を被っているもの。これは誰でもそうだ。林家三平みたいな常にむき出しのひとを除いて。
その演者が、さらにもう1枚皮を被って古典を演じている。これが喜太郎さん。
つまり、高座に載っているのは、「新作落語家の演じる古典落語」である。
だから、遊び(遊んでいる、という意味ではなくクルマのハンドルなどの)が大きい。
遊びが大きいが、ちゃんとした古典落語なのである。本寸法、なんていうとおかしくなるけど。
古典の宮戸川として聴くことができるのだ。しかも実に自然な。
古典落語に過剰にギャグを放り込むやり方だと、噺がどこまで形状を保てるか、聴き手にはわからず不安になることもある。
もちろん、こういう大変高度なやり方の上手い人はいる。
だが喜太郎さんの場合、遊びの程度は最初から決まっている。結構大きく動くのだが、どこまで連れていかれるのか決して不安にはならない。
そして、古典落語を聴き尽くしている人の頭の中にある、既存の宮戸川からもズレてはいない。
遊びに笑わされ、噺をじっくり追っていくとそこにちゃんと感動もさせられる。

冒頭いきなり、お花が、先ほどまで喜太郎さんが実演していた色っぽい女の姿で現れる。
そこに説明は入らないのだが、客はクスクスさせられる。実に楽しい。
多少、大げさに色っぽくしているのであるが、なにしろ遊びの範囲が決まっている以上、悪ふざけにはならない。

遊びの大きい古典で、演者自身はどこまで遊ぶか。
軽く、古典落語ファンの予想を裏切ってくる。
「いまだに二つ違い」と婆さんが言うと見せかけて、「今は八つ違い」。
「神田と日本橋」の境界線に帯を引くと見せかけて、「こっちが落語芸術協会、こっちが落語協会。落語協会のひとはこっちに来ちゃいけません」。
お花は、「あたし円楽党」だって。

楽屋ネタを放り込めばスレた落語ファンは喜ぶ。だが、入れれば入れるほど、噺を傷つけてしまう。
だが、喜太郎さんの遊びの多い噺運びなら、決して噺にダメージはないのだ。
演者のすべてがギャグっぽいので、遊びをすべて吸収してしまうのである。
落語界における世紀の発見じゃないか。大げさかもしれないが、そう思った。

そして最後は濡れ場になって、「妄想で噺をくるんでいる」仕込みを活かして綺麗に下げる。
古典落語ファンはもちろん、宮戸川のサゲ方は先刻知っている。「残念ながらお時間です」などの。
だが、ここに来ると、噺に引き込まれた私、そんなことまったく考えなかったからすごい。
喜太郎さんの手のひらで転がされた格好。

大好きな古典落語の演目を聴きながら、新作落語の計り知れない可能性も併せて感じた。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

落語好きのライターです。 ご連絡の際は、ツイッターからメッセージをお願いいたします。 https://twitter.com/detchi_sada 落語関係の仕事もお受けします。