【春風亭一之輔】プロフェッショナル仕事の流儀

先日放送された、「プロフェッショナル仕事の流儀」の春風亭一之輔師特集をつついてネタにしてみます。

【表札】
一之輔師のご自宅の表札に「川上/春風亭」とある。
芸名で郵便物がたくさん届くので表札に亭号を書いてあるのだろう。
たぶんしょっちゅう、「はるかぜ亭さん、ハンコお願いします」って言われてると思う。

【神棚】
玄関入ってすぐ神棚。さすが噺家さんの家。
落下してこないように、天井にL字金具で留めてあるのは師の仕事だろうか。
大入袋が神棚から垂れ下がっているのが面白い。

【子供】
朝、宿題をしている次男坊。
お父さんが「カメラとか来たらピースすんのが子供の仕事だろ」とボケをかますと、「違うと思う」。
リアル金坊がいた。実の息子のツッコミ、なかなか速いですね。

【マネージャー】
マネージャー付けないのかという取材の問いかけに、「マネージャーに金払うくらいだったら自分が全部もらいますよ」。
噺家さんは、売れっ子でもマネージャー付けない人が多いようだ。それでもスケジュールちゃんと埋まるんだから。
上方に行くと、噺家さんの多くが吉本か松竹に籍を置いているわけだが、逆に籍を置くメリットはどれだけあるのだろう。劇場に出られるメリットは理解するが、劇場に出る機能は、東京では所属事務所ではなく、協会にある。

「ひねくれ者は毒ばかり吐く」とナレーションが入るが、不思議なもので、普段師の落語を聴いている身からすると、別に毒には聴こえない。

【駅】
一之輔師が仕事に向かう最寄り駅。西武池袋線の「東長崎」駅である。西武池袋線沿線は噺家さんの多く住むところ。
一之輔師、さすが日芸のOB。江古田のそばが好きなんでしょう。大学の先輩、三遊亭白鳥師も確か椎名町に住んでいる。

【落語会】
2017年1月9日の「春風亭一之輔 新春せと末広寄席」というものらしい。愛知県瀬戸市。「末広」は縁起でも担いだのかと思ったら、スタッフの法被に「末広町商店街振興組合」と書いてある。
名鉄電車で会場に向かう一同。
一之輔師の左に座るのは、弟弟子の春風亭朝之助、右に座る女性は音楽漫談の「のだゆき」さんである。

会場に、今まで来たらしい噺家さんのお名前が貼ってある。権太楼、三三、市馬、さん喬、喬太郎、志ん輔。色物さんは、ダーク広和、鏡味仙志郎、林家楽一などの名前に混じって「恩田えり」さんまで。
なかなか豪勢ですね。

【初天神】
「粗忽の釘」をやると宣言しておいて、子供のマクラが受けたので、高座で「初天神」に切り替える師。
一之輔師のラジオを聴くと、この部分に感心したリスナーが多かったようだ。
落語ファンからすると、そこは別に感心するとこじゃない。高座に上がってから掛ける噺を考え、その姿を客に見せてしまう噺家さんもいるから。

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【ネタ帳】
一之輔師のネタ帳、これは見逃せないですね。
忙しいのに手書きだ。2013年からの記録。正の字があるのは2016年だろう。
数ページに渡っているものの一部が映っただけだけど。
覚えた順番に記載されているようだ。
以下、2016年によくやっているネタ。特に多いものは◎。

◎初天神
・長屋の花見
・がまの油
◎夏泥
・青菜
・尻餅
・妾馬
・明烏
・蒟蒻問答
◎天狗裁き
◎千早振る
・鈴ヶ森
・茶の湯
◎加賀の千代
・味噌蔵
・短命
・花見の仇討
◎欠伸指南
◎普段の袴
・人形買い
・時そば
・子別れ(下)
◎かぼちゃ屋
・夢八
・めがね泥
◎堀之内
◎お見立て

意外性はそれほどなくて、こちらの印象の中の一之輔師らしいラインナップ。「加賀の千代」「普段の袴」なんてのが師ならでは。
だが、このあと放送に出てきた「夢八」なんていったいどこでやってるんだろう。
「夢八」は上方の噺。いったい誰に教わったのか。

2013年~2015年によくやっている「寝床」を、2016年は一度も掛けなかったようだ。
「不動坊」も激減している。「俺たちお滝さん大好き三人組」の出てくる「不動坊」、好きなんだけど。
その代わりに、2016年にいきなり登場したのが「千早振る」。私はまだ聴いていない。
2015年には「時そば」ブームが師に訪れたようだ。2016年は緩やかに減っている。
面白いところでは、「クラブ交番」なんて新作がネタ帳に書かれている。一緒に会をやっている三遊亭天どん師のネタである。2013年に一度掛けたようだ。
「サンタ泥」っていうのもなにかと思ったが、これも天どん師の「クリスマスの夜に」という噺。
聴いたことのない噺もある。「らくだの子ほめ」「不動坊バラ園」。
検索するといろいろ出てきますね。

他のページで、正の字が見切れていて2016年の実態は確認できなかったものの、「粗忽の釘」は、やはりかなり多くやっている。
他によく掛けているのが、「子ほめ」「転失気」「牛ほめ」「真田小僧」「桃太郎」「壺算」「浮世床」。さもありなん。
あと、当ブログでも取り上げた「新聞記事」のブームが2014年にあって、これだけで「43席」というあり得ない高座数が記録されている。
これだけ集中して掛けるのだから、面白いわけだ。

(2017/4/26追記)
スロー再生で、さらに最近のネタおろし作品も判明しました。
「笠碁」「百年目」「刀屋」「睨み返し」「文七元結」「柳田格之進」など。大ネタばかりだ。

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【鰍沢】
師匠、一朝に「今度鰍沢やります」と宣言する一之輔師。
一朝師匠が、「若い頃やる噺じゃないんだよな」と答えている。
年取ってからやる落語は結構ある。ただ、年取ってからだと覚えられない。覚えておくのは早い方がいいらしい。
一之輔師、「鰍沢」を台本に起こしている。
入れ事が多く、アドリブらしいセリフも多い師からすると、古典落語を台本に起こして覚えるのは意外な気がする。
稽古しながら「なんか覚えたな」とつぶやいているが、これを見た一般人が認識しているような「セリフを暗記した」ということではもちろんない。
もと花魁の背景(その人の「後ろ」と表現していた)を考えておくのは、噺を自分の肚に収めるために必要なんだと思う。その背景を、なにも客に言葉で説明する必要はないのだ。
2月18日に鰍沢宿を巡るツアーでネタおろしをしたらしい。取材日の時系列的にはおかしいが、そういう編集もあるでしょう。

【虎ノ門J亭落語会】
鈴本を後にして、「今日は残り三席」と一之輔師。
向かった先は、「虎ノ門J亭落語会」。1月12日の独演会である。
この日の鈴本の出演は、「二之席」昼席の主任。番組では語られないが、「初席」やら「二之席」やらの主任を務められるのは、人気があればこそである。
ちなみにその日の、前の高座は池袋の「二之席」昼席。
鈴本を急いで出ていたが、虎ノ門に行く前どこに寄ったのか、調べたが不明。新宿夜席の代演に入ったのではないだろうか。
虎ノ門では、「浮世床」がいまひとつで、続けて「夢八」に入っていった。
疲労困憊の師匠。そして三席目が「初天神」。結果的にこの日は六席務めたわけだ。

【ラグビー部】
高校の「ラグビー部を辞めて、いきなり浅草に行って春風亭柳昇の落語を聴いて衝撃を受け、一朝師に弟子入りした」という編集になっていたが、ちょっと乱暴では。
ラグビー部辞めた後に、確か高校で落研を作ったはずだけど。
それに、高校卒業後は日大芸術学部の落研に入るのだ。
ちなみに、柳昇とは亭号が同じ春風亭だが、あちらは芸協であり、一門同士の関係はほとんどない。一之輔師の一門は、先代林家正蔵から出ている。

【弟子入り】
弟子入り志願の一之輔師、思い詰めた顔をしていて、一朝師に「うわっ、刺されるかと思った」というエピソード。
一朝師匠の口から聞いたのは初めてだが、一之輔師もマクラでネタとして語っている。
ちなみにマクラだと、師匠は「うわっ、ぶっとばされるかと思った」で、入門後師匠に「稽古をつけてください」と頼んだら今度は、「うわっ、刺されるかと思った」というネタ。
入門後は道具が使えるようになって進歩したという一之輔師。

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TV番組一本から、我ながらこれだけよくネタが拾えるものだと思う。

【稽古】
二ツ目になると、みな自由と引き換えに仕事がなくなるのであるが、師も仕事がなく、息子をベビーカーで押しながらブツブツ稽古をしていると、公園のママさんたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていったという。
そこから稽古に励んで現在があるのは偉い。
先人は「稽古は裏切らない」というのだが、ここにその、生きた実例がある。
もっとも、二ツ目時代からヨイショが利いて、営業で顔を売る噺家さん、それはそれで偉いもんだなと、私なんかは思うのです。
ただ、きっと小三治師は、一之輔師の不器用な面を気に入っているのではなかろうか。

「落語が好きだった」から稽古に励めたというのだが、打ち込めるのは才能。それがある点が、まず一般人と違うのだ。

【新作落語】
上野松坂屋前から落語協会のほうに向かって横断歩道を渡る一之輔師、渡った先の「カラオケ館」に入っていったが、この「カラオケ館」、池袋演芸場の隣だ。必殺瞬間移動。
噺を作りあげることに関しては、一之輔師の右に出る人はなかなかいない。古典落語だって、「噺を作る」ということに関して、新作と苦労は変わらない。
ただ、これほどの才能の人、新作やったらいいなと思っているのは私だけではあるまい。三遊亭天どん師匠との会でぼつぼつ作っているらしく、TVで紹介されたのもその会らしい。
私は師の新作、聴いたことがない。「手習い権助」聴きたいものだ。
ほかの噺家さんがやるようになると、さらにいいですね。江戸時代ものだから、面白ければ古典のラインナップに仲間入りできる可能性もある。
「権助」といえば、「権助魚」「権助提灯」「権助芝居」。これらに仲間入りまでできればすばらしい。
ちなみに新作のタイトルも、頭に権助が来たほうがいいのでは? 「権助手習い」。または「権助無筆」。

「古典やるうえで、新作の経験は生きるはず」と語る一之輔師。生きるでしょうね。新作でキャリアを積んで、勧められて古典をやったら爆笑ものという噺家さんは数多い。
それにしても、新作落語を掛けるのは、古典の噺家さんにとっては、本当に勇気がいることなのだなあと重ねて思う。

【親子会】
横浜にぎわい座の一朝・一之輔親子会。
背景で掛かっていた一朝師の噺、なんだかわからなくてちょっとくやしい。
「名前阿部になったんですか?」と一之輔師が聴いていたがなんのことか。そのうちわかると思うけど。
それにしても、この師弟は本当に関係がよさそうだ。一朝師の人柄から、兄弟弟子間も仲がいいらしい。
落語界、やたらと厳しい師匠もいる。そういう師匠、親心に基づいて弟子に厳しく当たっていることはわかっているつもりだ。
だが、実際に売れてくる噺家さんの一門は、決して意味なく厳しそうではない。もともと、ひとりでやる芸はとても厳しい。さらに厳しくしたからといっていい結果はないようだ。
一之輔師も、一朝師の門下だからこそ伸びてこれたというのは、間違いなくあるはず。

【寄席】
一之輔師、鈴本に入っている。2月下席(昼席)、仲入り前である。トリはさん助師。
寄席の客は厳しいなどとナレーションがカブるが、一之輔師をいやがる寄席の客がいるとは思えない。
ここで「手習い権助」で勝負に出る師匠。
ちなみに、「あと二席」と言っている。「東京かわら版」を見る限り、22・24・28には夜の仕事がひとつずつ入っている。
22日の赤坂見附の独演会で二席務めたのではないか。だからどうしたと言われると困りますが。

【プロフェッショナルとは】
「涼しい顔をしながらすごいことをやる人」。
師匠、本当にそういう人ですね。そして自分でわかっているのが立派だ。
自分のことをわかっている人は偉いのだ。

 

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一度完結したのですが、もう一度番組を視て、さらにネタを拾ってみました。

【噺家】
一之輔師の職業を「噺家」としている。
以前なら「落語家」だったのではないか。事実、小三治編では「落語家」。
私も当ブログでは表記を「噺家」にしているのだが、これはもう、感覚的なものでどっちが正しいというものではない。
現代では「噺家」という響きが好まれつつあるのではないかと思う。上方ではまだ「落語家」が優勢かもしれない。
番組での呼称は、一之輔師の希望だろうか。

【素顔】
<素顔は内気でひねくれ者だが、落語に関してはどこまでもまっすぐだ>
というナレーション。
なんかおかしいな。
噺に対して、常にひねくれたアプローチをするから師の落語は面白いと思うのだが。
「落語との出逢い」について、小学校で「ちぎり絵の次くらいに少ないクラブ」だったので入ったと語っているのが、いかにも師らしいのだ。
しかし結果的に、古典落語の本質を活かしきっているという点では、確かに「まっすぐ」といって正しいかもしれない。

【久々の本物】
<「人間国宝」柳家小三治をして「久々の本物」と言わしめた>
ということだが、その前の本物は誰なんでしょうね。
個人的には、小三治師の落語を「本物」だともしいうのであれば、その見解には強烈に違和感がある。「偽物」だとまでは言わないが、ああいうのが「落語らしい」とはまったく思わない。
いっぽう、一之輔師の落語は、一見偽物っぽくても本物。

【息子たち】
親父のボケに、「違うと思う」とすかさずツッコんでいるのは、よく聴いたら「初天神」のモデルである次男ではなく長男のほう。
次男は、「どうやっても眠い」と叫んでいる。この言語感覚も親譲りだと思う。面白い兄弟。
長男のクラスで、「初天神」を掛けている一之輔師。忙しいのにすごい。
普通、学校寄席は業者が入って(結構ピンハネするらしい)開催されるのだが、息子のクラスで落語をするのは、さすがにボランティアだろう。
一之輔師の「初天神」は、初天神界の最高峰であることは間違いない。
番組でも何度も出てきたが、私の知っている「初天神」より、さらにギャグが洗練されているようだ。
ちなみにこの噺、一之輔師以外は「凧揚げ」までやることはほとんどないと思う。
他の師匠にとっては、寄席の時間調整に便利な短い噺だが、一之輔師の「初天神」はトリネタ。

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【自分の経験の写し鏡】
高度な内容を語る一之輔師。
要約すると、薄っぺらい人生を送っている噺家さんには、薄っぺらい噺しかできないということだろう。
先人は、「芸は人なり」と言った。
父親としての生き方が、噺にも反映されてくるのだ。
そしてとんがっているように見える一之輔師の落語には、ちゃんとその中からピュアなものが覗いている。
ちなみに談春師が語っている一之輔評、カットされ過ぎたのか、聴き手にとって高度過ぎたのか、なにがなんだかわからない。

【鈴本から移動】
「あと三席」と言って、昼席主任を務めた鈴本を後にする師であるが、よく見ると春日通りを、千代田線「湯島」に向かって歩いている。「ドン・キホーテ」の前を通ったのでわかった。
やはり新宿に代演で入ったらしい。
鈴本から、新宿三丁目の「末広亭」に移動するには、銀座線の「上野広小路」から行くと、駅も近く、赤坂見附で丸ノ内線に同一ホーム乗換ができてはるかに楽である。だが、「新御茶ノ水」から都営新宿線「小川町」へ徒歩で若干歩く、湯島ルートの方が速い。
鈴本の終演が16時30分、虎ノ門の開演が19時である。
新宿夜席の浅い出番を務めれば、ギリギリ間に合う。

私なに調べてんだろ。それだけ師は忙しいのだという話。

【三条の落語会】
新潟・三条での落語会、ごく内輪でやってるんだろうと思って調べなかったのだが、ちゃんと公式ブログがありました。
http://rakugosan.exblog.jp/

「日本料理 小山屋」さんの「おとなの落宴」。
「三笑亭夢丸」「柳家三之助」「古今亭志ん好」を含めた四人の師匠が交代で務めている席らしい。一之輔師も毎年訪れているのだ。
料金は8,000円だそうで、「落語会のあと、お酒のお料理をお楽しみください」(原文ママ)とある。
本来は落語を一席聴いたあとで楽しいお酒となるのだろうが、師の乗った新幹線が遅れたので、順番を変えたらしい。だから遅れて登場した一之輔師が「もう始まってますね」と言っているのだ。

この会、2月20日である。「鰍沢」のネタおろしをした二日後だ。
やはり、時系列的には取材時と放映の順序がバラバラだ。別にいいけど。

三条の会、小さいものだが、ブログを見ると随分昔からやっているようだ。2009年の落語会の記事が残っている。会場もいろいろあったようである。
二ツ目の頃から世話をしてくれた会なので、今でも大事にしているのだろう。
テレビでは省略されてしまったが、売れっ子の一之輔師が、わざわざ小さい会にも出向いているにはそれ相応の背景がある。
瀧川鯉昇師なども、売れない頃に故郷、浜松の落語会を大事にしたそうである。それが今でも続いていて、その分寄席の出番はどうしても少なくなるらしい。

【春日部高校】
一之輔師の地元、野田から春日部は、県境を越えた埼玉だからすぐである。
だから不思議には思っていなかったのだが、よく考えたら県立高である。他県から行けるのかと思って調べたら、ちゃんと相互に枠があるそうだ。
野田の頭いい子は春日部をめざすのだろう。落語と関係ないですが。
県立春日部高校は、埼玉でも屈指の高い偏差値の高校。
偏差値の高さで落語をするわけではないけれど、インテリジェンスの欠けた噺家さんで、売れている人を私は知らない。
一之輔師の落語にあるインテリジェンス、研ぎ澄まされた言語感覚の背景には、ちゃんと素養があるのだと思う。

ちなみに、番組の頭のほうのワンシーン、高座の一コマで、「噺家なんて85パーセント江戸っ子じゃねえんだ。野田とか柏とかたくさんいるんだから」と言っていた。
野田の先輩には、鈴々舎馬風師がいる。その先輩には、七代目春風亭小柳枝。
「柏」出身の噺家というのは、柳亭左龍師のこと。円楽党には「三遊亭とん楽」という人もいる。

さすがに番組、これでしゃぶり尽くしたと思います。

作成者: でっち定吉

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