鶴見・さるびあ落語特別版 その1(三遊亭遊雀「替り目」上)

幸七 / 牛ほめ
吉幸 / 平林
雲水 / 宗論
伸治 / 宿屋の仇討
ボンボンブラザース
遊雀 / 替り目

新宿末広亭の3月上席は芸協の芝居。夜の主任は三遊亭遊雀師。
一日ぐらい行きたいなと思っていたのだが、夜席はなかなか難しいのだ。家族の同意を取らなくてはならない。
週末に子供を連れていこうかなどといろいろ考えたのだが、考えすぎた結果、別にどうしても行きたい芝居じゃないな、なんて結論。
交互枠で、浪曲の玉川太福さんが出ていたりして、見どころも多々あるんですけどね。
あと、上方枠もあるのはいいのだが、愛人DV野郎の桂春蝶も顔付けされている。
池袋派の私にとって、新宿の心理的距離はいまだ遠いや。
まあいい。千秋楽の日曜日の昼、遊雀師は幸い鶴見の落語会に出る。こちらに切り替えます。
2,000円と比較的安価な落語会である。隔月で芸協の二ツ目さんの独演会をやっている会の、年1回スペシャル版。
立川流から雲水師が顔付けされているが、それ以外は芸協の噺家。ただし、前座と二ツ目枠は、ともに談幸師の弟子なので亭号が立川。3人続けて立川が出て、いささかややこしい。

初めて行くサルビアホールは、JR鶴見駅、京急鶴見駅共通の駅前広場隅にある立派な施設。席は指定席である。段になっていて観やすい。
金曜日に電話して予約した。入りは悪くない。前のほうに空席があるが、私が電話したときには空いてなかった。それともプレイガイド用の割り当てだろうか。
落語はまあまあ聴いている客層のようで、感度がいい。ふた駅先の東神奈川の落語会のように、お喋りを止めなかったりするような客はいない。

三遊亭遊雀「替り目」

トリの遊雀師匠を先に。すばらしい、そしてなんともユニークな替り目だった。
噺家も900人近くいるというが、この人だけじゃないか。落語の「テキスト」から完全に自由になってしまった人は。
ヤフーブログ時代の当ブログにもよく、「○○ 台本」という検索での訪問がある。○○は演題である。
この検索ワードで来る人は、落語の演目にはすべて「台本」があると思っているのだろうか。そして、「台本」を覚えて披露したいと思っているものか。
落語の本に載っているのは「速記」であって台本ではない。台本スタイルのものがあるとしても、噺家さんが自分のためにノートに書き起こしたもの。万人に普遍的な「台本」など、どこにも存在しない。
とはいえ、台本はなくても落語ファンの頭の中には、古典落語の古今東西のセリフ回しや定番フレーズがぎっしりインプットされてはいる。もちろんプロの頭にも。その、ある種普遍的なことばの塊を、あえてテキストと言ってみる。
噺家にとって、この意味でのテキストはやはり高座でのよりどころだと思うのである。噺を語るにあたり、ストーリーは必要だろう、普通。
ストーリーを書き起こしたテキストを、どう上手く語るかがまずテーマとしてある。そのため、テキスト自体に工夫を加えていく。
だが、遊雀師の手法はまるで違う。師の落語はテキストの上位にある。テキストをねじふせているのである。
遊雀師はストーリーをさほど重視していない。無視はしていないが、他の噺家のようには、テキストの再現にあまり関心を持っていない。
遊雀師は、ひたすら場面場面をどう面白く語るかに注力しているように思える。全体の整合性をないがしろにするわけではないけども、全体の整合性よりたぶん場面場面が大事。
以前も感じたのだが、遊雀師の落語はコメディドラマである。コメディ俳優である遊雀師は、芝居を、一癖も二癖もある方法で再現するのである。
コメディドラマで、ストーリー展開に一応忠実そうで、実のところ決して関係のないセリフに視聴者が爆笑することがある。それを狙っているイメージ。
落語ファンの頭にある、既存のテキストとズレていると笑いが生まれる。遊雀師が狙うのはそうした芸ではない。セリフ廻し自体を楽しく客に届けるのだ。
これは、あくまでも噺の部分部分から私が想起したイメージなのかもしれない。だが、最終的にはその手法により、遊雀師は噺そのものを支配する。

続きます。

作成者: でっち定吉

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