池袋演芸場18 その3(柳亭小痴楽「一目あがり」)

冒頭に戻って、昼席の前座は、主任蝠丸師の弟子のふくびきさん。
円楽党で最近たびたび聴くので、やや飽き気味の「手紙無筆」。
落語協会のほうでは、前座噺としてはすっかり廃れたようだ。なぜかはたぶん、誰も答えられない質問だろう。
噺に飽きたのは私の都合であるが、ふくびきさん、非常に端正で前座らしい落語。
相当ユニークな個性を持つ蝠丸師が、弟子の育成については非常にスタンダードな方法論で挑んでいるらしいことがうかがえる。

番組が始まり、最近師匠・金太郎師を喪った山遊亭くま八さん。二ツ目だから、どこかの門下に移籍しなければならない。
次のマグナム小林先生ともども、キチガイ客の不規則発言に潰され気味で、気の毒であった。
くま八さんの本編、釜泥は悪くなかったと思うのに。
ひとりのキチガイ客が、演者4人ぐらい平気で殺してしまう。落語とは、そんな芸である。
しかし、そんな不条理にじっと耐え忍ぶ芸でもある。
私も、キチガイ客にいつまでも怒り続けているわけではないのだ。「寄席にはそんなこともある」という諦観も必要なのだ。

次は決して潰されたりしない噺家、新真打の柳亭小痴楽師。
「小さく痴漢を楽しむと書いてこちらくです」
私は先日、広小路亭の披露目に行こうと家を出たのに、仕事が入って中止した。
結局41日間の披露目、一日も行けなかった。
実はこの人気者、生の高座は初めてである。二ツ目さんは、神田連雀亭に出ているか否かで遭遇頻度がガラッと変わるのだ。
両国では休演だったし。
浅い出番とはいえ、披露目が終わったばかりで顔付けされるのはさすが抜擢真打。
マクラの段階から口がよく回る。人を高揚させる芸。

いかがわしい場所にある秘密倶楽部、池袋演芸場のネタからスポーツについて。
前日の、オリンピック代表を賭けた卓球の決勝の話題。
石川佳純さんもいいけど、私は平野美宇選手が好きなんですと。
以前、絶対に勝てないだろうと思われる中国選手に競り勝ったとき、「ウソ、ヤバイ、勝っちゃった」とストレートな感情をあらわにしていたのがたまらない。
最近のスポーツ選手は、「応援してくださったみなさんのおかげです」的な優等生コメントが多い中で、バカっぽい感想がたまらないんだって。
あとは錦織圭のこと。いい男なのに、いつも口を開けていてバカっぽいから好きなんだと。
私は、基本的にはインテリの噺家が好きである。
だが、そんな世界においてバカっぽいニンを巧みに導入し、見事に立ち向かう小痴楽師。

毒の放り込みかたが上手いよなあ。
そういえば、落語ディーパーでも、わさび、吉笑といったあたりにちょくちょく毒を吐いてるっけ。マイルドな毒を。
スッと本編へ。八っつぁんが隠居を訪ねて幕開け。
道灌かと思ったら、雪折れ笹が出てきた。一目あがりだ。
以前、NHK演芸図鑑でこの噺を出していたので、それをヒントに記事を書いたことがある。
とても楽しい噺。一目ずつ上がるめでたい話だから披露目の席や初席ではよく出るようだが、普段からもっと掛かって欲しいものだ。
また小痴楽師師、脳と口とが直結している単純な八っつぁんがぴったりなのだ。
褒めるべき掛軸が、「さん」「し」「ご」と一目ずつ上がっていく法則を見つけ出し、ひとり納得する八っつぁん。
とんとーんと快調に進むから、そんな馬鹿なとは思わない。
実に楽しい一席でした。
そしてキチガイ客も口を挟む隙がない。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

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