池袋演芸場18 その5(瀧川鯉昇「そば処ベートーベン」)

仲入り前の寿輔師は、笑遊師をさっそくいじる。ご自分の派手な着物をネタにする代わりらしい。
なんですかあれ、落語ですか。大きな声で叫んでるだけじゃないですか。
昨日笑遊に誘われて飲みに行きました。あたしが先輩だから払ったんですけど。
珍しい外国人客に、高座から、どこから来たのかヒアリングする寿輔師。
そしてこれをきっかけに「英会話」へ。
寿輔師のCDにも入っている演目である。金坊を英語でゴールデンステッキと呼ぶ、いにしえの新作落語。
日本人の作った英語の噺ですから、楽しいのは私だけですだって。
途中で脱線して、「奥さん、あたしのほうが笑遊より上手いでしょ」
まあ、いつもの寿輔師だけども、いただけないのは、せっかくのお客さんを「外人」って呼んでた。
セリフの中で、「もうあの外人客、来てくれないな」といういつもの自虐ネタなのだけど、外人はいかんでしょう。
言葉狩りをしようというのではない。客が不愉快にならないようにする、当たり前の配慮の問題だと思うけどね。

仲入り後はうめ吉姐さんから。
色物さんがクイツキに入るというのは寄席では普通だが、池袋の場合、落語協会の席だと、仲入り後は落語からスタートする。
芸協の席になると、普通の仕組みになるのはなぜなのか。
久々にお見かけするが、相変わらず綺麗だなあ。そして、トシを取らない世界に住んでいるらしい。
乾燥しているので、三味線の弦が外れるハプニングもあったが、慌てず処理する。
踊りがまた綺麗でうっとり。

三笑亭夢丸師も、大好きな人だが生の高座は初めてだ。
せわしい喋りが癖になる。
落語界の身分と、二ツ目になったときにどれだけ嬉しいかというマクラ。
二ツ目になれば羽織も着られるし、出囃子も付けてもらえる。
お囃子のお姉さんと相談して出囃子を決めてもらうが、私の出囃子は佐賀県の民謡ですと。新潟出身なのに。
佐賀、行ったことないですよと。

珍しい噺を多数持つ人だが、この日はそれほど珍しくはなく肥瓶。
落語協会では上品に家見舞というが、ちっとも上品な噺ではない。
好きな噺ではない。汚いからイヤだなんていうのではなくて、世話になってる兄貴にひどいことをして平気でいられる了見が、よくわからないからだ。
だが、夢丸師の肥瓶、実にいい。
ふたりいるうちの兄貴分のほうは、金ができたらちゃんといいのを持っていこうと口に出している。
そして弟分のほうが、良心の呵責に耐えかねて、ちょいちょい自白しようとするのだ。
つまり、兄貴を騙しておきながら、ちっとも平気ではいられないのである。
夢丸師も、私と同じ疑問をこの噺に持っているようである。なにか嬉しい。

ヒザ前は瀧川鯉昇師。
この、大好きな師匠も本当にご無沙汰している。何度も行く機会はあったのだけど。
毎年お盆の池袋、昼席はこの師匠がトリである。その席に3年前、子供を連れていって以来か。
船徳のマクラに、前回の東京オリンピックの話を振っていたのがたまらない面白さだった。

冒頭の沈黙からようやく口を開くと、寒さが戻ってきましたが、まだ女房が戻ってこない噺家が多数楽屋に生息していますと。
そばつゆをほとんど付けない江戸っ子に触れ、私は浜松なので本当はきしめんなどのほうが好きですと振って、時そばへ。
ひと頃、鯉昇師のVTRで時そばがたくさん貯まった。
この師匠、テレビによく出るのに、演目をあまり替えない。だからコレクションに同じ噺ばかり貯まる。
でも、自信の演目なのだろう。ヒザ前のポジションにも最適。

そば処ベートーベンという副題?のついた、破天荒な時そばである。
今冬も萬橘、世之介の各師匠からいい時そばを聴いたが、この鯉昇師のもの、鉄板で面白い。

1軒目のそば屋はハーフ。おとっつぁんの国の甘味である、ココナッツが好き。
2軒目のそばは半端でなくまずい。だからあらかじめ、壁を背景にして食べる必要がある。
まずさのあまり、壁にもたれてひっくり返らないようにしなくては。この後ろを向いてしまう所作が実に楽しい。
そば処ベートーベンとは、このそば屋の屋号。「第九」と「運命」に引っ掛けてあるのだが、さらに由来に、田園と英雄まで追加されていた。
そして時そばなのに、「何どきだい」からこの噺を解放してしまう。

この噺、鯉昇師だからできるのだろう。顔と所作、そしてスローテンポの話術に引き込まれてしまう
若手が掛けたとしても、客は白けた気持ちになりそうだ。
鯉昇師も、どこまで落語の幅を広げられるか常に試しているのだろう。
喬太郎師も、鯉昇師が「長屋の花見」で自家製ウイスキーを出してしまえるあたりに敬意を払っていたっけ。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

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