ぜんざい公社とみどりの窓口(上)

TVの落語のコレクションはどんどん溜まる。最近はさすがに、絞り込むようにしている。
少々古い、新作落語だけ集めたコレクションを聴いていた。
2013年に録画した新作落語だけで、6時間のBDが埋まっている。ちょっと驚く。
この年は、BSジャパン(現BSテレ東)やトウェルビなどで売れっ子の高座を流していたためだ。
このコレクションには、こんな高座が収めてある。

  • 三遊亭円丈「藪椿の陰で」
  • 柳家喬太郎「孫帰る」
  • 春風亭昇太「ストレスの海」「人生が二度あれば」
  • 三遊亭白鳥「真夜中の襲名」「マキシム・ド・のん兵衛」
  • 林家彦いち「長島の満月」「睨み合い」
  • 桂小春團治「アーバン紙芝居」
  • 三遊亭丈二「リサイクル課長」

今となっては実に貴重。
「藪椿の陰で」や「孫帰る」は人情噺である。

そんな中にひとつ、珍しいものが。立川志の輔「みどりの窓口」。
2012年12月30日の高座であることが冒頭で語られている。
志の輔師は、恐らくこの年あたりを最後に、それ以降一切TVでは落語を掛けていないと思う。
落語研究会にも出ていないようだし。まあ、いろいろ考えがおありなのでしょう。
活躍場所が特殊なのに、しかしながら同時に落語界の中心にもいるという、不思議な立ち位置の人。
今年は新年早々、立川流の新年会をパスし、好楽師の池之端しのぶ亭に出たと聞く。
立川流の中では極めて特異な、常識人である志の輔師を中心に、落語界再編の動きがありそうで目が離せない。
最近昇太師の披露宴でスピーチをし、二次会に赴く姿も、一之輔師や彦いち師に語られていた。

それはそうと、名作「みどりの窓口」。この貴重な録画は、繰り返し聴いたものだ。
清水義範原作である。「蕎麦ときしめん」等で有名なこの人の小説も以前ずいぶん読んだ。
その中には「バールのようなもの」など、志の輔師が落語化した名作も多い。

みどりの窓口に集う、モンスタークレーマーたちを描いた快作。
モンスターなのだが、愛嬌もあるので聴き手に不快感はない。そして被害者である係員だって、立場が変わればモンスターにもなる。
だが今回久々に聴くと、違和感ありまくりの高座。
志の輔師に問題は何もない。みどりの窓口というものの存在がその後7年間で大きく変わってしまい、聴き手の私に違和感が生じたのである。
なるほど、新作落語というものは、実に難しい。
どんなにウケた作品でも、いずれ寿命を迎えるのだ。

みどりの窓口が混雑していた時代の話である。収録当時は同時代性をまだ保っていて、違和感などなかったのだ。
窓口に並んで順番を待つ客たち、待たされてストレスが溜まっていることもあり、無理難題ばかり言う。
都市伝説を信じるおばちゃんは、満席の特急に「国会議員の席があるんでしょ」などと言う。
また別の客は、満席だと聞くと、そのことには怒らないが、「どこに行けば買えるんだ」と繰り返し尋ねる。
どこに行ったって、コンピューターでつながってるんだから同じだと駅員が答えても、「こんぴら様がどうした」とまったく伝わらない。
あろうことか、この客に同調する別の客もいる。

だが2020年現在、平常時にみどりの窓口に並んでいるのは、スマートフォンの操作どころか、自動券売機での購入すらできない情報弱者だけである。
ここ数年で我が家が並んだのは、家内がSuicaを失くし、利用停止とその後の再発行手続をしたときだけ。
テクノロジーとサービスの進歩により、貴重な新作落語がひとつ死んでしまった。
思えば、「コンピューター」と聞いて「こんぴら様」もおかしい。そんな奴はいない。すでに噺の中の設定もやや古かった。

新作落語、ひとつふたつ死んでも仕方ない。志の輔師の落語だって「踊るファックス」とか、とうに死んでいるものもある。
柳家喬太郎師も、「落語教育委員会」の書籍の中で、新作は残すために作るんじゃないと、喜多八、歌武蔵の両師に力説している。
確かに「試し酒」など古典落語になった新作もあるのである。でもそれは目的じゃなくて、結果なのだ。

だが不測の事態により死んでしまった噺を聴きながら、同時に思う。
「これは、みどりの窓口が混んでいた頃のお話です」と冒頭で触れておくだけで、まだまだ蘇ることを。
この噺には、時代によって変わらない普遍性が潜んでいる。コミュニケーションギャップによる笑いは、「蒟蒻問答」このかた落語の伝統。
そこにしっかり焦点を当てれば生き返る。
先代三遊亭圓歌が語る、新大久保の駅員時代の話は面白かった。それと同じ。
ウケるかどうかについては、コツが必要そうだ。昔の時代を語りつつ、しかし登場人物が現代視点で楽しめるという、古典落語と同様の二重構造が必要だ。
志の輔師が今後掛けるとは思えないが、誰か教わったらいいのに。

さて、噺が死んでいく様を眺めつつ、いっぽうで新作落語のまま寿命を保っているレアな噺を思い出した。
もっぱら芸術協会で掛かる「ぜんざい公社」。
公社なんてもうないのに。
明日はそれについて

(2020/2/13追記)
「みどりの窓口」誰か教わったらいいのにと書いたが、ABCラジオの「伊藤史隆のラジオノオト」を聴いていたら、笑福亭松喬師がコメントしていた。
桂しん吉師が上演許可を直接、志の輔師からもらっているそうだ。
なんでも志の輔師、そんなに簡単に許可を与えたりしないんだそうだ。しん吉師の熱意に動かされたそうである。
志の輔師は落語内の特急、行き先を基本的には架空のものにしていたのだが、しん吉師はすべて関西の実際のダイヤに基づいて置き換えたそうで。

 

「みどりの窓口」「しじみ売り」

 

 

作成者: でっち定吉

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