笑点と政治風刺(上)

「笑点の安倍ネタは風刺じゃない」石平が綴った怒りの反論手記(※ サイト廃止によるリンク切れ)

右系の「iRONNA」に掲載された笑点批判。
うーん。実につまらない記事。
笑点の政治批判が笑いとして成り立っていないというが、その苦情の中身は言論封鎖を狙ったものに過ぎない。
だからといって私は、この記事に反発して当然の、左の人に賛同する気もまったくない。
右も左も、揃ってつまらん。

俎上に載せられているのは、TVバラエティである笑点大喜利にとどまらない。噺家の仕事そのものである。
落語好きの中には、「笑点は落語じゃない」から無関係と感じる向きもあろう。円楽なんてヘタクソなんだからと。
それもまた、単純。
ここで問われているのは、噺家のネタの扱いかたの問題なのである。

コラムの筆者が触れていた、笑点の大喜利における安倍批判に麻生批判、沖縄米軍基地批判がネタとして面白いとは、私も別に思わない。
だが、面白くないのは、私も含め視聴者の生理的な感覚に過ぎない。
笑いとして面白くないと断言するなら、笑いの観点からつまらなさを論じなければいけない。
それにこのネタ、もともと、つまらな過ぎて怒りが湧くというほどつまらないネタというわけでもない。
笑点の大喜利というのは、その程度のネタが続くもの。みんなそんなことをわかって視ている。
自分の持つ政治的スタンスに当てはまらなかったという極めて主観的な不快感なくして、わざわざ怒りを表明したりしないだろう。
笑いの質についてどうこう言おうとするのは、最先端の笑いがわかってると思い込んでいる痛いお笑いファンにまかせておきたい。

左の人は、インテリの円楽さんが我々庶民の怒りを代弁してくれたと悦に入る。でもそれは別に、ネタが面白かったからではないのだ。
公共の電波で政権批判のフレーズが流れると、単純に喜ぶ。
ネタを、面白さで判断しない彼らも単純すぎるし、噺家に対し失礼極まりない。

私は怒っている。
貴様ら、寄ってたかって私の好きな落語の世界をくだらぬ政治思想でもって踏みにじりやがって!
演芸好きの私に言わせれば、右と左とが一緒になって、それぞれの勝手な立ち位置から落語を蹂躙している。それがもっとも腹が立つ。

円楽師は、思想なんかさして持っていない。視聴者が勝手にインテリだと思っていても、ほぼキャラだし。
師を批判しているのではない。円楽師は単に、歌丸師の後を継いで義務的な政治批判をやってるだけ。仕事なのだ。
切れ味が足りないのもうなずける。笑点メンバーの中で師が担っている、「やかんの先生」キャラを忠実に演じているだけだから。
小遊三師がいい男や泥棒ネタを振り、好楽師が仕事ないネタを振るのと同じように、政治批判をするだけ。
小遊三師や好楽師の場合、キャラ的に政治批判は事実上封印されている。ワンチームなんだから、円楽師がやらないといけない。

たい平師に関しては、麻生太郎のモノマネを見せたいだけ。
木久扇師は、バカキャラの合間に反戦への思いは昔から繰り返し語っている。いちいち薄っぺらく解釈し直すことはない。
そもそも、笑点において、過激なネタなんかできないのだ。これはメディアの規制の問題以前のもの。
いちいちうろたえない保守政治家からすれば、あの程度のネタは良くも悪くも国民のガス抜きレベルである。

立川談四楼師は、笑点で過激なネタが出るのは当たり前だなんて、iRONNAの別コラムでコメントしているけど、見当違いもはなはだしい。
談志の笑点が過激だったからといって、今の笑点に過激さなどかけらもない。見もしないで言ってるな。
笑点は何十年前から極めてぬるい。日曜日の夕方に平和な笑いを求める、客の最大公約数に合わせた芸なのだから、それでいいのだ。
ぬるさに惹かれてチャンネルを併せている視聴者が、これ以上なにを期待しようというのか。
エッジの利いた笑いを笑点に求める発想が、すでに笑点と相容れない。

右の連中も、最大公約数に対する約束事から生まれているネタなんだから、こんなものスルーしたらよかろう。
左の連中も、ネタが面白いかどうかまで吟味してから、さすがと反応して欲しい。
円楽師をはじめとする笑点メンバーについて、そもそも多数の視聴者は、政治的思想を特に強く感じたりはしていないはずだ。
その程度のネタに反発したり過剰に共感したりする連中、左右にブレすぎているのに、自分たちこそ正義でございというツラをする。こういうバランスを欠いた人たちが、民主国家においてもっともタチが悪い。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

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