市川チャリティー新春落語 その2(古今亭菊之丞「ふぐ鍋」下)

ふぐを大阪では鉄砲というと振って、ようやく「ふぐ鍋」の前フリと気付く。
さらに銚子のほうでは、「富」と呼ぶらしいと。めったに当たらないが、当たるとでかい。
もうひとつ、島原では、「トラガンバ」と呼ぶ。トラはトラフグのトラだろうが、ガンバはつまり棺桶のこと。
こんな情報を入れるのは、菊之丞師だけだ。

しかし近年、冬のたびにふぐ鍋を複数聴いている。本来、そんなにメジャーな噺でもないと思うのだけど。
乞食に毒見をさせる噺なので、メジャーになり過ぎるとややこしいことになる。
放送では流せないと思っていたが、先日桂小南師が「浅草お茶の間寄席」で掛けていた。
NHK新人大賞でも、優勝者の桂華紋さんが掛けていた。流せないことはないらしい。
そんなわけで妙にたびたび聴くこの噺だが、今回の菊之丞師のものがいちばんよかった。

ふぐの話を出しているのに、今度は幇間のマクラを振り直す菊之丞師。
「主体性はないが協調性に富む」幇間のマクラ、定番中の定番だが、やたらと楽しい。
菊之丞師が、ここに来て新たなステージに到達していることをうかがわせる。
以前は、桜川善平、悠玄亭玉介なんて師匠がいたと菊之丞師。実に綺麗な幇間だった。
実際の幇間と客のエピソード。池に飛び込めと言われ、躊躇したが商売道具の羽織を着たまま飛び込む。
池から上がってくると、新しい着物があつらえてあったという粋な話。
幇間といえば、「鰻の幇間」や「たいこ腹」。いずれも、菊之丞師の十八番である。
女が上手い菊之丞師の、もうひとつの飛び道具がこれ、たいこ持ち。
ひょっとしたら、ふぐの噺に進むのをやめたのかしらなんて一瞬思う。
ふぐ鍋、確かに幇間が出るのだけども、幇間でないといけない噺でもない。
実際、上方では幇間ではない。東京でも、幇間っぽいが、調子のいい男でやる演出は普通にある。
だが菊之丞師にとってのふぐ鍋は、幇間の噺らしい。噺の中心にたいこ持ちがいるわけだ。
実際、幇間の名前は茂八でなく、一八だった。どちらだっていいのだけど、一八のほうが落語ではやや重要そうに思える。

お土産を抱えて、一八がご機嫌伺いにやってくる。
一八は、おかみさんを褒め、女中のお清を褒め、猫まで褒める。少々毒が入っているのが、褒めるコツ。
一八は全国温泉巡りをしてきたばかりなのだが、実は温泉の素なんだそうだ。これがあれば全国どこでも行けるんだって。

ふぐ鍋は、サゲに向かって作られている噺。サゲもフレーズではなく、展開として語られる。
こういうのが典型的な落語の演目だと思う人もいるかもしれないが、そんなことはない。落語全体を見回すと、むしろ例外的である。
普通には落語というものは、どうでもいい場面で適当なフレーズで落とすもの。
例外的な構造を持つふぐ鍋、初めて聴く人にとってはとても楽しいだろう。
この本八幡のファンも、落語にはなじんでいるようだが、ふぐ鍋のサゲは知らない人が多かったと思う。
だが、たびたび聴く私にとっても至上の一席。
菊之丞師が幇間にこだわる理由がよくわかる。調子のいい一八が、我々客までヨイショで楽しませてくれるのだ。一流の芸人であるらしい一八は、徹底的に人を気持ちよくするすべを知っている。
そしてこの一八、芸人らしくヨイショはするが、旦那に私生活の上で世話になっているとか、そういう描写は一切ない。
東西とも、ふぐ鍋は旦那と幇間の力関係を背景にして描くとスムーズなのだ。たとえ旦那の命令でも、命だけは別だというのがギャグになるから。
だが、あえて違う道を行く菊之丞師。
旦那は手酌が好きなので、一八は酌をしない。逆に旦那に酌をしてもらっている。
結構、人間的に対等なのである。こう描くと、乞食に食わせた後で、一八がなお、旦那から先にどうぞというシーンも自然に映る。

ちなみに乞食のことは、「おこもさん」とマイルドに言うのが普通。
だが、こう言うのは一八ただひとりだった。女中のお清も旦那も、乞食と言っている。
そうか。旦那がことばに気を遣う必要なんてないのだ。

実に楽しい一席。そして、流れるような菊之丞師の語り。
流れるようなのに、客の脳裏を通り過ぎてはいかない。
この一席から、嫌な部分を探すほうが難しい。
菊之丞師、以前からファンではあるが、昨年まではどこかに、ほんのわずかなマイナス面を感じていた。
気取っているとか、嫌みだとかではない。わずかに、くどさを感じていた気がする。
その、あくまでも私の主観によるわずかな欠点が、この師匠のことを、大好きな噺家ではあるが最も好きではないという位置に置いていたように思う。
だがそんな欠点が、今まで本当にあったのだとしても、綺麗に一掃されている。
あえてマイナス面を探すと、仲入り後のもう一席も含め、噛む場面が少々あったか。
でも、それは別に不快には感じない。先に書いたように、むしろ流れる言葉の官能性が目立つ。

続きます。

作成者: でっち定吉

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