古今亭駒次「ビール売りの女」

現場にもちょくちょく行き、家でも毎日落語を聴いている。
落語でお腹いっぱい気味なのだが、用があって出かけたついでに、また神田連雀亭ワンコイン寄席に行ってきた。
この日のお目当ては古今亭駒次さん。落語協会の香盤上、二ツ目のトップにいる人で、つまりまもなく真打昇進予定。
東京かわら版を見ても、とても忙しい二ツ目さんである。それでも二ツ目なので、寄席の出番は多くはない。
二ツ目限定寄席である、神田連雀亭の出番は多い。

まめ平 / 禁酒番屋
緑太  / 桃太郎
駒次  / ビール売りの女

今日はみんな落語協会だ。師匠はそれぞれ、正蔵、花緑、志ん駒。

狭い連雀亭だが、駒次さんの力か大入りである。
最前列に、未就学児の坊やがお母さんと一緒に来ている。極めて悪い予感。
落語大好きなうちの子も、学校に上がる前に連れていったのは一度だけだ。駒次さんも出ていた鈴本の早朝寄席だった。
うちの子、大人しくはしていたし、その頃から落語好きだったので噺も聴いていたが、1時間半の番組に耐えるのはまだまだ辛そうだった。
若いお母さんも、たまには落語が聴きたいのだろう。その気持ちは理解するけど。
この坊や、高座が始まり早速おしゃべりするわ、立ち上がるわ寝そべるわ。まだ落語を聴くのは全然無理な動物である。
トップバッターのまめ平さんには気の毒だったが、非常に変な空気が流れる。
「新幹線でやかましい坊や」とは問題の性質がまったく違うからなあ。

落語というのは本当に弱いものである。酔っ払いや、携帯一発であっさり壊れてしまう。幼児もしかり。
まめ平さんの「禁酒番屋」の最中、坊やがお母さんに向かって、「ねえ、まだ終わらないの!?」。
駒次さんはこの恐ろしい発言を、楽屋で聴いていたようである。
ただ、まめ平さんも、アドリブに弱すぎるよ。
ちょうど、番屋で「水カステラ」を取り調べる役人になっていたところだったのだから、
「うむ。まだ終わらぬぞ。変な空気であるが最後までやりきるでござるぞ」
くらいのアドリブ、なぜ言えない。
そうしたら、変な空気も吹っ飛び、お母さんにも恥をかかせず大団円になったのに。
落語の載っているステージが、客によっておかしくなったら、いったん別の階層からステージを修復すればいい。
面白くなくてもいいので、なにかしら一言発しなければならなかった。
それができなかったので噺はこれで壊滅し、あとはセリフを喋って時間を潰すだけの落語になってしまった。
笑点ファンは、噺家というものは頓智頓才の効く人たちだと勝手に思っている。そういう誤解は嫌だが、こうした状況において頓智頓才が働かないのはやはり困る。

坊やは座っていられず、この後楽屋でまめ平さんに遊んでもらっていた様子だ。

帰ってからこの「事件」を家内に話したら、関係ないくせに激怒していた。
坊やのお母さん、これが世間の反応というものですよ。

気を取り直して二番目は柳家緑太さん。
元気でなかなかいい「桃太郎」。子供がいたので出したのだろうけど。
以前も書いたが、「桃太郎」に出てくる息子には、大人をへこます爽快感というものがない気がする。
であれば、マンガにしてしまえばいい。「こんな息子はいやだ」という造型にしてしまえばいいのだ。いいマンガになっている息子の造型でした。
緑太さんもセリフに混ぜて話していたが、学校寄席でも人気を博している演目のようである。学校寄席の場合は、大人をへこます快感を子供たちに分け与えるわけだ。

いよいよ本日のお目当て。
駒次さんに漂う空気感は、普通の二ツ目たちとはまるで違う。圧倒的なオーラで、高座を直ちに支配する。
「まだ終わらないの」事件に軽く触れる。「我々はこうやって鍛えられていくのです」。
なおも、楽屋にも飽きたらしい坊やが、通路を行ったり来たりしはじめたので、「まめ平! 坊やしっかりつかまえといてくれ! あと10分山場だから」。

駒次さんといえば鉄道落語だが、鉄道ネタは全体の一部である。それ以外にもマニアックな新作を多く持つ。
野球が好きで、某乳酸菌飲料のチームが好きだというマクラから、「ビール売りの女」。
噺の中で、「スワローズ」とちゃんと言ってるのだけど。

神宮球場のライトスタンドを戦場にした、ビール売り子の熱い戦いを描くスポ根風落語。
いや、唾を飛ばしての熱演、爆笑でした。
先日聴いた三遊亭天どん師にも同じことを感じたのだが、駒次さんも、落語の舞台である世界を変容させてくる。
フィクションの作り方として、「登場人物」「世界の設定」には、それぞれ「日常」「非日常」という区別がある。
「日常の登場人物」と、「日常の世界」の組み合わせでは、落語になりにくい。
だが、「非日常の登場人物」と、「非日常の世界」の組み合わせもまた、一般の落語ファンにはついていきづらいものである。
「日常世界における八っつぁんとご隠居さん」なら成り立つが、「魔法が支配する世界における、謎の老人と謎の粗忽男」という組み合わせの落語は想像しづらい。
あ、でも「鉄道戦国絵巻」は変な世界の変な登場人物で噺が成り立っているな。これはずるいが例外ということで。
駒次さんの新作落語、「現実と同じ世界で、ちょっと楽しい登場人物が活躍する」のかと思いきや、世界のほうも実はちょっとだけおかしいのだ。
なにせ、No.1ビール売り子に闘いを挑み敗北した娘が、転身して金魚売りになっているのだから。ライトスタンドで金魚を売ると、子供たちに大人気らしい。
つまり、「ちょっと異様な世界で、ちょっと変な登場人物が活躍する」噺が駒次さんには多い。
ただし、「ちょっと」の具合は、噺を聴き進めていかないとわからないところが上手い。ギャグが入っていても、「ちょっとした冗談かな」と思ってしまい、変な世界なのだとはなかなか気づかない。
これは、三遊亭白鳥師の落語の作り方と似ているが、変な世界へのこだわりは、駒次さんのほうがより強いようである。
客のほうは、世界観が途中で揺すぶられるので驚きが続き、より楽しい。

変な空気で始まったワンコイン寄席、駒次さんが見事に収めてくれたのでした。

作成者: でっち定吉

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