野毛山動物園で柳家小せんを聴く

神田連雀亭でハプニングと、駒次さんの見事な噺に遭遇した翌日も、落語に出かけた。山の日。
「東京かわら版」には載っていない落語会である。柳家小せん師匠のツイッターで知った。
横浜「野毛山動物園」内でのイベント。小せん師が呼ばれたのは、地元の出身だからでしょう。
野毛山は、もともと無料の動物園である。そこの落語会なので完全無料。ただより安いものはない。東京から家族で出撃する。

夏なので、ナイトサファリ実施中。
無料とはいえ、野毛山はなかなか立派な動物園で、わが家も何度か訪れている。
そこで落語とはいいですね。しかも中途半端な二ツ目や売れない真打ではなく、小せん師だ。
落語は18時と19時の2回、各30分。
場所から考えて、小せん師は必ず「動物園」はやるなと思った。あとはなんだろう、初心者が多そうだし軽めの噺をやるかなと想像。
動物の噺だとすると、「元犬」だろうか、でも犬は動物園にいないしな、などと予想してみるのは楽しい。
うちの息子は「任侠流山動物園」じゃないかと言っていた。それは教わってないだろうよ。
あとは「王子の狐」じゃないかと。狐も動物園にはいません。

動物園に早めに行き、レッサーパンダやキリン、ライオンなどを観て歩く。あと、爬虫類も。
野毛山のキリンは、上野のキリンより芸達者であり、実に楽しい。
ちなみに上野動物園一の芸達者は雄パンダのリーリーだと思う。リーリーの愛嬌ある芸を見て思わず「任侠流山動物園」のパンダ親分を連想した。「真夜中の襲名」でもいい。

蓋を開けてみたら小せん師匠、どちらの回でも、短い噺を二席続けて演じてくれた。

・第一回
狸札
動物園

・第二回
鷺とり
犬の目

すべて動物の噺だった。
後半の二席は、小せん師いわく「バカバカしい落語の1位と2位」だそうだ。
「元犬」ではなくて「犬の目」。
そうだった、私は昨年、池袋のヒザ前での「犬の目」を聴いて以来、小せん師の大ファンになったのである。それまでは地味な噺家さんだと思っていた。
「クルクルポン」の確かにバカバカしい噺を、軽く軽く演ずる小せん師であった。

私は好きなので、小せん師匠はよく寄席で聴く。
息子は覚えていなくて、家内は初めてなのだが、実に気に入ってくれたようである。
美声と魅惑のほほえみ、音楽で培ったとおぼしき独特のグルーヴ感でもって、軽い噺を本当に軽くふわふわ演ずる素敵な師匠。
すべての噺に、地味だが独自の工夫を凝らしている。誰でもやりそうで、誰もやらない落語をする小せん師。
軽い噺こそ味があっていいのも、先代譲り。
地元出身だから呼ばれているという理由なのだとしても、結果的にはベストの人選だと思う。
非日常に満ちた動物園の中では落語はやりにくいと思うのだが、4席とも素晴らしいデキであった。

狸がカラッとしていて落語世界らしい「狸札」。
上方のこってりした演出とは違う、江戸前の「動物園」。場内アナウンスは名古屋弁。
演者自身がとても楽しそうな「鷺とり」。上方雀の上方弁がやたら上手いのもこの人ならでは。
先生も患者も世の中ついでに生きてそうな、クルクルポン「犬の目」。

本来は、野外で落語をする予定だったのだがあいにくの雨模様。早々と、休憩ルーム内に高座がしつらえられていた。
だがこの休憩ルーム、ビヤガーデンもやっているのである。わが家も、開演前と間に一杯やったけど。
落語の後ろの席が、落語と関係なく大盛り上がりで、高座の最中もかなりうるさかった。落語を聴くには、ちょっと考えられない環境。
まあ、ビール飲みにきた団体さんも、落語があるのは想定外だったかもしれず、文句言う気はない。
こちらも金払っているわけではないので、我慢するのはそれほど困難ではない。ただ、雨が降らず屋外でやっていたとしても、この団体さんはきっとうるさかったろうね。
そんな環境下で、決してくじけず投げ出さない小せん師、見事。

落語を呼ぶのは初めての試みだったそうで、やってみなけりゃわからないこともたくさんある。色物さんでは、先日小猫師匠を呼んでいたようだ。
小せん師匠の脱いだ羽織がいちいち高座の下におっこちるのも設計ミスである。
来年もぜひ、会場を改良したうえで、ひとつ続けて欲しいものだ。東京かわら版への掲載依頼もお忘れなく。
子供たちが、ごく基本的な楽しい落語を聴いて喜んでいたのは悪い眺めではない。まだ聴くモードにない子供は別だけど。
あれだけ楽しい落語を子供のときに一度でも聴くと、その後の人生において、楽しみがひとつでも増えていいと思う。

野毛山のふもとには「横浜にぎわい座」がある。だから落語になじみのない街ではないが、詰めかけた人たちに落語ファンは少なそうだった。
まあ、「寄席に行く」という行動を起こすのはなかなか敷居が高いが、こうしたところで本物の落語を聴いてファンになってもらいたい。
ちなみに、「録音録画はダメ」という注意はあったが、「携帯切って」というアナウンスはしていなかった。小せん師も触れなかった。
あれだけ騒がしいと、携帯鳴っても一緒だろうな。
でもとても楽しい会で、満足して家路につきました。

小せん師、「柳家喬太郎のイレブン寄席」で、川柳師匠と一緒に出て「ガーコン(上)」を披露していたところである。
こんな噺も得意にしている、地味ハデな小せん師匠でありました。

作成者: でっち定吉

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