コロナ明けの新宿末広亭の模様をお届けします。まずは松喬師で「借家怪談」から。
上方交互枠が、ヒザ前のひとつ前のポジションに設けられている。
今回は、笑福亭仁智、笑福亭松喬、笑福亭福笑、桂文我、桂梅団治という各師匠。
松喬師は13とこの16日。
この日から柳家蝠丸師が出ることもあって、合わせ技でこの日に決定した次第。
芸協は層がやや薄く、席亭にゲストを期待されているためもあるのだが、バラエティに富んだ番組が楽しめるのはいい。これは落語協会にはないメリット。
ちなみに夜席には桂雀々師も顔付けされている。
三喬時代から大ファンの松喬師であるが、その高座を拝見するのは初めてだ。
この日は見台(東京の寄席では釈台となる)は出さない。
上方落語界のくまのプーさんですといつものご挨拶。
綺麗な角刈りについて、植木職人に刈ってもらってるのではないかというお客の疑問につき、「ええ、えんげいですから」。
この日は出さなかったが、「ええ、かみがたの噺家です」というのもあるね。
憧れの末広亭で一席やらせてもらいますと。
持ち時間15分。マクラをたっぷり語る時間はなく、早々と噺に入る。
源兵衛さんのところに、長屋の入居希望者がやってくる。
空き部屋に荷物がたくさん入っているようだが貸してもらえるのかと。長屋の住人たちが物置として勝手に使っているのだ。
能天気な入居希望者に、ウソの怪談を語って追い返す源兵衛さん。あ、展開こそ違うが、東京でいうところの「お化け長屋」。
上方の師匠で聴いたことはない。
「お化け長屋」という演題名、いかにも東京落語っぽい。上方でそうは言わないだろうなと聴きながら思う。
後で調べたら上方では「借家怪談」というのだ。これまた、いかにも上方落語っぽいタイトル。
名を知らなかったこの演目、現在それほどは掛かっていないようだ。ただ仁鶴師がCDに吹き込んでいたり、笑福亭にはあるようだ。
東京でもお化け長屋、そんなにたびたび掛かる噺ではない。季節はどうしても夏のほうがいいだろうし。
東京でも大阪でも、大ネタの不動坊(火焔)のほうが派手で面白いからではなかろうか。
でも、じわじわ来るお化け長屋、私は好きだなあ。
借家怪談は、落語を聴く客が状況を飲み込んでいないうち、無権利者の源兵衛さんが入居希望者を追い出してしまう。
それから源兵衛の口を借りて、状況が物語られる。ああなるほどねと腑に落ちる、見事な構成。
能天気な入居希望者は、後家の家に泥棒が忍び込み、後家さんの胸元に手を突っ込んだという架空の話を聴いて喜んでいる。
だが、さすがに血の出るシーンで逃げていく。
東京のお化け長屋のような、濡れ雑巾を使うシーンはない。だが、たっぷりキセルを吸って、間をたっぷり取るのがとっておきのギャグ。
そして松喬師、ビジュアルを計算し尽くしているのか。
客席の照明の暗い末広亭において、演者が前に乗り出すと、下から明かりが当たり、顔に影ができて結構怖いのである。
もっともそこは笑いを求める上方落語であり、「怖さ」自体が笑いにつながる。
二人目の入居希望者は、極めて乱暴。河内の人間で、言葉が汚い。
一人称がワレであり、二人称もワレである。
「ワレは海の子」も言い方によって一人称と二人称に変わるんだそうだ。
ちなみに松喬師は河内ではなく、上品な西宮の出身。
源兵衛が幽霊を表現するのに二本の手をすぼめて出すと「ミーアキャットか!」。
男によると、幽霊を現わすには手を上下に並べねばならず(つまり皿屋敷のお菊さんがやるようにということだろう)、手を横に並べるのはミーアキャットかプレーリードッグなんだって。
いきなりミーアキャットをぶち込んで、噺は壊さずに笑いだけ持っていくところがすばらしい。
男がまったくビビらないので焦る源兵衛。
それもそのはずというサゲがついているが、松喬師オリジナルだろうか?
その伏線も、序盤にしっかり敷いてある。
実に楽しい一席でした。
松喬師、今度いつ聴けるだろうか。
次は昼トリの桂文治師を。
続きます。