落語の「鉄」人(その2・桂しん吉「算段の平兵衛」)

トップバッターはしん吉師。この日唯一の古典落語。
駒治師もオープニングトークで、ここでくつろいでくださいと言っていた。後半がキツいから。
算段の平兵衛は東京にはない噺。悪人が活躍するピカレスク・ロマン。
しん吉師の大師匠、米朝が復刻して練り上げた噺である。
たっぷり40分。
ご本人も、しょっぱなからやるような噺じゃないと断りつつ。
鉄道落語で有名な桂しん吉師であるが、新作古典を問わず、その高座を聴くのは私はまったく初めてだ。関西のラジオでも聴いたかどうか。
初めての高座が大作であるが、これがピタッとはまった。
さすが吉朝の弟子。
そして新作を目当てにやってきたお客も、実にいい反応。

マクラで、お妾さんについてちょっと振る。
東京ではおめかけだが、大阪ではおてかけ。東京は目を掛けるが、大阪は直接的に手を掛ける。これは上方落語でおなじみのフレーズ。
二号という言い方は大正の頃生まれたが、これ自体露骨なので、さらにマイルドにして「こなから」という言葉も派生したと。
これはマスのこと。1合の小さなマスでも、5合の大きなマスでもない。
使いやすい中間の、2合半のマス。こなからは「小半ら」と書くらしい。
つまり「二号はん」を隠語で「小半ら」と呼んだ。
客がほおーと声を発すると、「よそでは言わんように」。
そして、二号という言い方が生まれる前の、ちょんまげを結った時代の大坂、田舎の村のお話でございますと本編へ。

しん吉師の繰り出す、古き良き上方言葉が実に心地いい。
たびたび登場する「すっくり」というフレーズが耳に残る。allの意味。
庄屋は、「しょや」と縮めていう。松鶴がしょかくになるのと同じ理由だろう。
一瞬、なんで初夜なんだと思ってしまうが。
米朝の時代よりも、上方言葉をより強調して話している気がする。
米朝の時代は日常の大阪弁が変質していき、落語のことばが客にわからなくなっていった。理解してもらうために多少変える必要があったはず。
だが現代の落語の客は、東西問わず、日常使わない言葉でもちゃんと楽しむことができる。客も成長しているのだ。
不自然でない言葉なら、噺のムードが増していいんじゃないか。

悪い人間が活躍するこの噺、米朝にも葛藤があったようだ。
だがしん吉師から聴く限り、そこに残忍なムードなど微塵もない。これは結構すごいことでは。
平兵衛は美人局をやろうとして、誤ってカモの庄屋どんを死なせてしまう。全部自分自身から出た犯罪。
なのに、この傷害致死事件を悪用し、さらに庄屋夫人と隣村からそれぞれ大枚25両をせしめるのだ。
あらすじだけ聴いたらひどい噺なのに、しん吉さんは気負わず、カラッと描写してみせる。
死体があっちこっちに運ばれるのに、そこに人の気持ちをマイナスにもっていく部分がかけらもないのだ。
そして死体がひどい目に遭い、平兵衛が算段の相談を受ける繰り返しの面白さ。
客の気持ちが一体化して、響きあう。
こんな楽しい、存在価値の高い噺だったなんて。驚きを禁じ得ない。

カラっとした味わい、これを作り出すのは結構難しいと思う。
ほとんどの落語の場合、それが成功するとすれば登場人物が記号だから。私はそう認識している。
だがこの噺の死んでしまう庄屋は、記号ではない。人のいい人物である。
こんな構造の噺で客を楽しませようとするなら、演者が楽しく語る以外に方法論はないのでは? ギャグを入れてどうにかするということではなく、お話としての楽しさ。
この点、しん吉師の語りはとても楽しい。

振り返ると、登場人物それぞれに、ちょっとした弱みがある点をしっかり描写しておくのが、後で生きてくるのだろう。
庄屋は、ばばどん(妻)にやいのやいの言われて手放した妾に未練がある。
ばばどんは、夜遅く戻ってきた(実は死体で、平兵衛の副音声付き)庄屋が「首でも吊らなしゃあない」というのを見捨てた罪がある。
隣村の住民には、お上がやってきて、縄付きを出したくないという弱み。
そして全員に、世間体がある。
こうした部分を適度にちょっとだけ強調してやることで、客席も共犯になるのだ。

サゲは知らないものがついていた。
事件が噂になり、役人が村までやってきて、平兵衛に面会を求める。
繰り返しのギャグなので落語ファンなら先読みできる内容のサゲ。それでもなお効果的で、実に感服した。
しん吉師が自分で作ったのならすごいなと思ったが、Wikipediaによると、一門の南光師がこしらえたようである。
元のサゲがつまらないため、サゲの競作が起きているという珍しい噺。

鉄道落語会の冒頭でもって、実に見事な古典落語でありました。
算段の平兵衛、歌舞伎化されないかななんて思った。芝居に向いた噺だと思うのだ。

続きます。

 

「算段の平兵衛/新版・豊竹屋」

作成者: でっち定吉

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