黒門亭4(柳亭小燕枝「笠碁」)

《9月10日第二部》
市朗  / 転失気
扇兵衛 / 野ざらし
竹蔵  / 船徳
(仲入り)
菊太楼 / 星野屋
小燕枝 / 笠碁(ネタ出し)

この前日の土曜日、私の大好きな師匠をズタズタに、とは言い過ぎかもしれないがいささか不当な扱いをする落語の催しに参加し、少々傷ついて帰ってきた。
この件は気分がよくないので後回しにし、先に日曜日に行った黒門亭のネタを。
タダ落語はよくない。お金を払って聴きましょう。方針変更。
といっても黒門亭は千円。半券10枚で1回無料のおまけまでついている。
いやあ、楽しかった。前座以外の四席、みないい出来でした。

柳亭小燕枝「笠碁」

今日は柳亭小燕枝師を目当てに。
前回はトリではなく仲入り前だったが、「あくび指南」がマクラともども素晴らしいものだった。
前回も今回も適度な空席の目立つ日であったが、そんな日の小燕枝師も、またいい。

「笠碁」は、梅雨や秋雨の際の、しとしと降るような日に向いた噺だろうが、あいにくこの日はピーカンの天気。
ネタ出しでなかったらやらないだろう。
しかし、さすが足腰強いベテラン芸人、とぼけ味も漂う小燕枝。黒門亭の客をしっかり引き込んでおりました。

マクラは、この日仲入り前に出た同期の橘家竹蔵師のこと。
前座のとき、竹蔵師がいかに働かなかったか。なにせしょっちゅう遅刻してきて、弁当を食うといなくなっている。
どこに行ったかというと、寄席のご近所にヨイショに出向いていたという。
ヨイショの達人、古今亭志ん駒師に匹敵するヨイショ名人であった竹蔵師。
適当に昔の楽屋話をしているようで、ちゃんと「友情」がテーマの噺のマクラになっている。

昔の立前座は、今と違って事務所(協会)がしっかりしていなかったから出番の当日入れ替えなどに対応しなければならず忙しかったとのこと。
だが、その分楽しみもあったと。
気に食わない師匠には、「師匠すみません、短めでお願いします」。
志ん朝などの、誰もが聴きたがる師匠のときは、「師匠すみません、時間が余りましたので30分お願いします」。
この日も、小燕枝師匠のマクラは最高に楽しい。
爆笑級のネタが続くのだけど、そこをあえてクスっとさせる。疲れなくていい。
寄席の定席で軽い噺を掛ける小燕枝師匠も実に味があっていいのだが、この師匠の真価を知るのに黒門亭は本当にいい場である。

とにかく肩に力の入らない、軽い師匠。お爺さんが銭湯で語っているみたいな。
高座に出てきて、「今日は床屋に行こうと思ったんですが、家内に『床屋どころじゃないよ。今日は黒門亭があるよ』と言われました。すっかり忘れておりました」。
嘘ばっかり・・・でもそんなこともありそう。

前回は小燕枝師、噺の付属品のマクラをまったく振らずに驚いたが、この日は縁台将棋のマクラ、五目並べのマクラを振っていた。
そんな定番マクラも大変楽しい師匠である。
このあたりのマクラ、やはり黒門亭で柳家小里ん師の「碁どろ」でも最近聴いた。同じ一門だが、迫力ある小里ん師と、融通無碍の小燕枝師と、まただいぶタイプが違う。

「笠碁」は、ついついドラマチックな演出にしたくなる噺だろう。仲直りしようかすまいか、その逡巡を強調したりして。
だが、師匠・先代小さんの演出は、比べると意外なくらいあっさりしている。
小燕枝師もまた、その味を引き継いでいる。というか、さらにあっさりしている気がする。人情噺のムードがない。
大喧嘩のあとは、普通は演者の地に返り、「二三日は孫の手を引いて上野のお山に行ったりして気が紛れるんですが」と語るが、その場面をスパッと省略する。
いきなり、雨の自宅に場面が移る。このスピーディさがまた、あっさり味を強調している。
小燕枝師の噺を聴く限り、この碁仇ふたり、いつも小さな喧嘩をして、たちまち仲直りしているんだと思う。
喧嘩のシーンも、予定調和という気がするのだ。ふたりで協力して喧嘩を盛り上げている感すらちょっとある。
そういう、ドラマチックな演出とは真逆のムードがたまらなくいいのである。
「喧嘩するほど仲がいい」を通り越して、ふたりは大喧嘩をしてみたかったんじゃないだろうか。
隠居ふたりは幼馴染の仲良しではあるが、他の友人はみな彼岸に行ってしまった。取り残された者どうしでもある。
たまたまふたり残されたから仲良くしているというのではなく、真に友情が厚いところを、ときたま確認したくなるんじゃないかと思うのだ。そのほうが、ずっと素敵な爺さんじゃないか?
サゲは、通常のタイプからまたちょっと進んで番頭さんにセリフを言わせて落としていた。

いいなあ・・・
こうした世界観に浸りたいので、私は落語を聴くのです。

***

黒門亭の冒頭に戻ります。
前座の後のトップバッターは木久扇師の弟子、林家扇兵衛さん。120㎏の巨体の持ち主。
私の高座は、落語と国技館と同時に味わえますと。
なんだか妙に魅力的な噺家さんである。
やたら達者な二ツ目とも、フラがある二ツ目とも異なる謎の魅力がある。クセになりそう。
ネタは、最近はやりの「野ざらし」。巨体をゆすって陽気な高座。
釣り針を引っ掛けてしまうシーンで、ドスンと高座を揺らし、その揺れが客席にまで響いてきた。

コツの女のセリフを、「お腰をさすりましょう、おみ足を揉みましょう」と、間違って言ってしまう。
すかさず八っつぁんのセリフで、「お客さんは気づかなかったけど、今間違えたね。昨日一生懸命さらったんだけどなあ」。
別の場面でも「あんまり笑点ネタばっかり入れないほうがいいんじゃないか」。
落語の載っているステージを、いったん放置して別の角度からコメントを発するのが上手い噺家さんがいる。喬太郎師や白鳥師などが代表である。噺を壊すなら簡単なのだが、壊してしまうとダレてしまう。
扇兵衛さんにも、すでにこういう技術がある。

釣り針を外してしまうシーンでサゲ。
なんだか知らないが仲入りのときに、前座に断らずに高座返しをして、メクリを変えていった。
面白い人。

続いて橘家竹蔵師。
お顔を拝見し、あれ、こんな師匠だったかなと思ったが、私、富蔵師と間違えていたようだ。
比較的暑い日だったので、夏に戻って「船徳」。さすがに今年は聴き納めでしょうね。
「クマんバチさん」。親方に呼ばれて、船頭衆がいいわけを考える場面を手厚く、他方、徳さんが居候になったゆえんや、不細工な船頭振りは実にあっさりとした演出。
最近の「船徳」のトレンドとは逆である。座礁した猪牙舟を置いて肩車で陸に上がるシーンもない。
とにかく人間を丁寧に描いているので、親方の「いつやったんだ。ちっとも知らなかった」の繰り返しだけでやたらとおかしい。
こういう、寄席ではあまりお見かけしない師匠が持てる実力を発揮するのが、黒門亭という不思議な空間の魅力なんである。
一席終えて、おまけに「奴さん」を素敵に踊って退場。

仲入り後は古今亭菊太楼師。比較的珍しい「星野屋」に。
あれ、こんなに上手い人だったかしら。下手だなんて思っていないけど。
やはり黒門亭という空間のなせる技。
同門の菊之丞師などとは違い、女の色っぽさよりも男の胆力がやや目立つ。だが、ちゃんと女の色気も感じる。
身勝手な女だがかわいらしくていい。まあ、この噺の場合、狂言心中を企む旦那のほうも身勝手だけどね。
とんとーんと運ぶサゲも綺麗。

やはり黒門亭はいい。
10月29日には、柳家小ゑん師ネタ出しの「鉄指南」があるらしい。また行かなくちゃ。

作成者: でっち定吉

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