東京都水道歴史館の昔昔亭A太郎

先週無料の落語の催しに出掛け、ちょっと嫌な気持ちになって帰ってきた。記事は書き上げているのでいずれアップするが、気分のよくないものは後回しにしたい。
翌日黒門亭で楽しみ、やはり安くてもいいから有料の落語に行かないとな、と思った矢先、また無料の会に行ってきてしまった。
御茶ノ水、順天堂病院のそばにある「東京都水道歴史館」で、三連休中毎日落語を開催している。
初日は昔昔亭A太郎。しばらくご無沙汰しているが、芸協のユニークな二ツ目さんである。「成金」メンバーでもある。
A太郎さんなら行きましょう。
ひとりで1時間務める。落語会というもの、実はこのくらいの長さがちょうどいい気もする。3,000円も払ったら1時間では満足できないだろうけど。

2時半からだが、1時から整理券開始。定員90人とのことで、一杯になるとも思わなかったのだが念のため、早めに出掛けて26番の整理券をゲット。
水道館自体、無料の施設。悪くない施設であるが、1時間半も掛けて見るところではない。外で時間を潰して2時に戻る。
番号順に入場すると、広いホールにパイプ椅子。

客席はほぼ埋まっていた。近隣の客に宣伝が行き届いているのか。

本日の演目(休憩なし)

  • 堀の内
  • 罪と罰(新作)
  • 紺屋高尾

ツートンモノトーンのお洒落な着物でA太郎さん登場。すみません、着物の知識がないので変な表現。
岐阜のお祖母さんに作ってもらったのだと。
身長180cmのA太郎さん、高座で立ち上がると頭が天井についてしまう。頭を曲げる仕草でつかみを獲る。
無料の会なので、ギャラも無料(嘘つけ)だと言って祝儀をせびる。嫌味のない人である。
客席に小学1年生くらいの女の子がいるのを見て、「落語知ってる? 寿限無とか」と振り、なんと子供に寿限無を言わせる。ごほうびにシールをあげてました。
ちなみに、A太郎さんの披露していた寿限無は、「グーリンダイ」が1個抜けたバージョンだった。いろんなバージョンがあるから別になんでもいいのだけど、学校寄席だと、NHKが広めた標準バージョン以外は「違う」と言われると聞く。
客いじりが上手い人である。真打でも、嫌味のない客いじりができる噺家はあまりいないものだ。あんまり熟達を目指す技術でもないけど。

今日は、「東京のおいしい水道水」をアピールしてくれと主催者に頼まれているそうで、噺の中に入れますと宣言。
まずは古典で、「堀の内」。A太郎さんは私の中では明確に新作派であり、古典を聴くのは初めて。
どの師匠から来ているのものか、大変あっさりした堀の内。
浅草観音様から引き返してきて一度うちに戻るシーン、湯屋に出かけて間違えて床屋で服を脱ぐシーンがない。
おなじみのシーンがないからつまらないなんてことはまったくない。
朝、顔を洗うシーンで早速「水道の水はうめえな」と入れて拍手喝采。
あと、湯屋で「水道の水はいい湯だ」も入れていた。これは本人いわく予想外のマッチング。
ちなみに噺の中で、最初に人が集まっている場所に行ってみたら、浅草観音様ではなく今日の会場、「水道歴史館」で、落語をやるのでにぎわっていたのだそうだ。
それはその場のギャグで大いにウケていたが、基本的には入れ事は意外と多くない。一見、入れ事たっぷりに映る芸なのだが。
間違えてよその女の子を脱がしてしまう場面で、「ついてるものがついてないから変だと思った」と入れてたぐらい。
A太郎さん、ずいぶんと噺を信頼しているのだなと思った。もともと面白い古典落語なのだから、普通にやれば面白いのだ。
とはいえ、若手にはなかなかそれができないのである。だから、つまらんギャグに渾身の力を込めて、蹴られるのである。
この欲しがらなさ、A太郎さんはどこで身に着けたのだろう。新作やってるから欲しがらない、なんてことはない。

鏡ではなくて、タイル壁を綺麗にして堀の内終了。それから次は新作をということで、続いて「罪と罰」。
タイトルは「A太郎 強盗」で検索して調べました。
古典落語を聴いてから新作を聴くと、また気づきがある。A太郎さん、新作でもやはりギャグを突出させない。
よくできた面白い噺をしっかり語る。
電話で長話をしている主婦のところに、包丁持った強盗がやってくるという、少々リアリティに欠ける噺ではある。
新作で、リアリティのない噺をやってウケがいまひとつという人もいるのだが、技術の高いA太郎さんはしっかりウケる。
主婦のとぼけぶりが圧巻で、これは叔父筋である春風亭昇太師の作風に似ている気がする。
新作でもまた、噺に対する無限の信頼を感じる。
強盗がなぜか料理をさせられるのだが、ここでも水道の蛇口をひねり「水うめえ」とスポンサーサービス。

最後に人情噺を予告していたが、紺屋高尾であった。25分くらいでよくまとまった噺。
「幾代餅」に近い最近の型ではなく、古いスタイル。師匠の昔昔亭桃太郎師に教わったのではないことだけは確かだ。
こんな大作を掛けても、やはりA太郎さん、噺を全面的に信頼している。
「人情噺」などとごく単純に分類してしまうが、ひとつの噺の中には笑いもあるし、泣かせる部分もある。要は、「紺屋高尾」はどこを切り取ってもしっかり楽しい噺なのである。
A太郎さん、余計な攻めは見せずじっくり語る。
入れ事もあまりしない。せいぜいが、必死でためた十両を持って帰れと高尾がいい、「A太郎に祝儀でもやってくれ」と語るくらい。
その、高尾がじっくり語るシーンは、客席が静まり返っており、見事な対比。
作為的な要素は感じない。噺本来の魅力をしっかり出しているのである。

三席続けて話したので、足がしびれたA太郎さん。お疲れさまでした。
長身イケメンなので、会が終わった後おばちゃんたちに大人気でした。本人も、写真撮りますから声かけてくださいと一言。

いやあ、A太郎さんは楽しみですね。
若さと老成ぶりが同居している人である。あとは、アメフトで培ったのだろう、人間関係が極めて器用な人。
各方面から可愛がられて順調に出世していくんでしょうね。

作成者: でっち定吉

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