優性思想と落語界

「君の名は」の「前前前世」で知られる野田洋次郎という人のツイートが、優性思想の現れだと話題になっている。

折から、安楽死事件があったことでもあり。
本人は冗談だと弁明しているのだが、これを「冗談ならよし」とスルーする人はいない。
ちょっとやらかしたという以上に、とても気持ちの悪い内容である。女子高生に種付けする相手を国が決めろと。
投稿内容以前に、脳内にこの見解が映し出されているわけだ。この気持ち悪さは救いがたい。
言ってる自分も、遺伝子により選ばれた側だと思ってるのだろうか。
現状、一発屋に過ぎない気がするが。

大谷翔平、藤井聡太というのは、筋力と知力。
まあ百歩譲れば、「遺伝子の活躍である」という結論を出して出せなくはない。十分に失礼だけど。
しかし、遺伝子を持った子供がすべて成功するわけでもない。
長嶋一茂、カツノリといった人たちは、実にすごいほうであって。
将棋界についていうなら、二世棋士で大出世した人は、実は皆無。
道徳に反して遺伝子管理したところで無意味なのだ。

野田洋次郎が一発屋かどうかは異論もあるだろうが、少なくとも一度はスターダムに立ったわけだ。その成功を、自分の努力でなく、遺伝子と考えたがる人は、やっぱりよくわからない。

さて、落語界は結構、二世・三世の多い世界。
四世なんて人までいる。林家たま平さん。
これも遺伝子? 普通はそうは考えない。
そもそも、落語の上手い遺伝子ってなんだろう。
林家木久蔵という人も二世だが、父から落語の遺伝子を引き継いでいるとは誰も考えないはず。
ご本人も、「父親からアホを引き継いだ」という売り出し方をしている。木久蔵師は「血」というものを嗤っているのが見事だ。

六代目笑福亭松鶴の息子、枝鶴は父親の追善公演で失踪し、廃業した。
むしろこのような事例こそ、落語界の「血縁」を強く感じさせるわけである。

今のところ、落語界の血筋はもっぱら父系。柳家花緑、金原亭小駒は、母方の祖父が名人であるが。
血筋を管理しようとするなら、母系も管理することになる。
現在、二組の噺家夫婦がいる。でも、子供が生まれたとして、後を継ぐ可能性のほうがずっと低いと思う。
誰もそんな期待はしない。血筋が優秀なら落語が上手いだろうなんて誰も思わない。

二世が増えても、落語は血でやる必要は特にない世界。
これが歌舞伎と違う点。
落語の場合、二世もいるが、むしろ血縁のないところに「遺伝」が生じる世界なのだ。環境の影響のほうがはるかに大きいわけである。
柳家さん喬師が弟子・喬太郎を差して「あいつにも小さんのDNAが流れているんだ」と語ったのはいいエピソード。
血縁関係は三代にわたって存在しない。
柳家だけではない。一門をつぶさに見ていくと、そこに明らかな、血筋のようなカラーが見えるのである。

しかし優性思想は怖い。
二世落語家である柳家花緑師など、発達障害を告白し、その方面の書物も上梓している。
血縁関係の前に、不完全な人間として切り捨てられていたかもしれないではないか。
乙武洋匡が、冗談とやらに怒っているのはむべなるかな。

作成者: でっち定吉

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