国立演芸場8 その3(柳家花いち「辞世の句」)

国立演芸場、モギリでは、客自身が半券チギッて箱に入れる。徹底的に接触を回避するのだ。
そして開演前に係員が札を持って注意。帰りの際はただちに席を立たず、密にならないよう順に帰るようにと。
まあ、客が20人しかいないとなると、こんな注意も空しい。最初から密になってない。

柳家り助「桃太郎」

開口一番は前座、柳家り助さん。この人は初めて聴く。
り助は師匠・海舟の前座時代の名だ。
前座はマイクが入っていないので、声を張る。
客席に子供たちがいたからだろうか、桃太郎。
妙に面白くて驚いた。桃太郎なんて、数ある前座噺の中でもどうでもいい噺の筆頭という印象だけど。
金坊に昔話をしてやる親父、話をうろ覚え。ジジイとババアが二人で川に行くとか、適当なことを言って金坊に突っ込まれている。
そして親父は重度健忘症。流れてきた果物の名前がわからない。
さらに、三匹のしもべがなんだかも思い出せなくて、まとめて「畜生」と呼んで金坊にたしなめられている。
親父は間違えるたびに、「早く言え。黙って聴け」。どっちだ。
この芝居、前座は時間が10分しかないので、金坊の昔話解説は入らず、親父が桃太郎を語ったところで終了。
最後だけ、慣れないところでサゲるからだろう、ちょっとしくじっていたが。でも楽しい一席。
り助さん、自分でいじったのだろうか? ならすごいね。
センスないのに、懸命に前座噺にギャグをブッ込んでダメにする前座と大違いだ。
師匠と一緒に作り上げたのだと思いたい。

柳家花いち「辞世の句」

そしてお目当てのひとり、柳家花いちさん。二ツ目だから寄席の通常興行で聴くのは久々。
以前、池袋にクイツキで抜擢されてたから立派なもんだ。
この席は花緑一門の二ツ目である緑君、花いち、緑太が交互出演。
花いちさんは、いつもの挨拶。師匠、花緑に「オランウータンの赤ちゃん」と呼ばれてますと。
さらに追加。昇太師匠に「インドネシアの郵便局員」って呼ばれましただって。
やはり客席に子供がいるからだろう。学校寄席で、「パンツ破けたよ」で馬鹿みたいにウケて、「またかい」でシーンとする子供たちの話。
これ、噺家の共通財産みたいなマクラのひとつで、前回は立川笑二さんから聴いた。

隠居さんこんにちはと古典落語に入る。「まんまお上がり」「祖隠居」など普通のクスグリ入り。
花いちさんは古典新作の完全二刀流、どちらが出ても私は嬉しい。道灌でもいい。
「へこの間」にある書に目をやる八っつぁん。一目上がりかと思ったら、違う。
なんと新作だ。先日聴いた「新しい隠居さん」は古典の枠組みだけ借りていた新作だが、こちらについては最後まで古典だと思う人もいたと思う。
先日花緑弟子の会で、勧之助師が「花いちは新作だと思ったら古典だったりして」と語っていたが、この噺は古典だと思ったら新作。
掛軸には、有名人の「辞世の句」が多数したためてある。
仲には、まだ生きてる有名人の句も。隠居が勝手に想像して書いているのだ。
存命の人の辞世の句を作る遊びが気に入って、自分のうちに帰って早速やろうとする八っつぁん。
息子の辞世の句を作ってかみさんに叱られる。

二ツ目枠も時間が10分しかない。本当はもっといろいろあるのだろうか。
花いちさんらしい、遊びに充ちた一席であった。
デキのほうはというと、どうだろう。
劇中に多数登場する架空の辞世の句の、デキ次第の噺だ。それは強化しないと。
でも、決して気負わず既存の落語を刷新していく花いちさんが好きです。

 

少ない客の中に、小学生の子供を2人連れてきているお母さんがいらした。
この子供たちが、全然落語を聴いていられない。4人目の小袁治師あたりで早くもギブアップ。
低学年の弟は仕方ないにしても、高学年の兄のほうもだ。
実にだらしないな。ちょっと後ろから見ていてイライラした。高座からは、ちゃんと楽しい落語が流れてきているのに。
子供を落語好きにしたいと思う親は多いようだ。
でも、急に急に伝統芸能に触れさせようって寄席に連れてきたってダメ。大人だって鑑賞力のカケラもない人がたくさんいるのに。
親が落語好きだということが前提に必要。普段落語を聴いてない親が伝統芸能に触れてみようなんてやってきても、子供に伝わるはずなどなく。
そうでないとしても、親の影響はでかい。
昨夏、江戸東京博物館の落語会で、隅田川馬石師の「臆病源兵衛」が子供たちに大ウケだったのを目の当たりにしている。博物館を楽しめるような家庭なら、子供もまた知的興奮を自然と味わうのだ。
我が家の場合、小さい頃からえほん寄席を子供に見せていたら好きになった。
落語はわかってる人には難しくもなんともない。だがそれ以前、描かれた情景を想像することすらできず、楽しみを見出せない人が世には無数にいる。

(2022/3/21追記)
もう書いてもいいだろう。落語を聴いていられない子供のお母さん、着物でした。
スタイルから入ろうという人なんだろう。
まあ、子供を見ていると、親が楽しめたとはまったく思えない。

続きます。

 

作成者: でっち定吉

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