国立演芸場8 その4(柳家小袁治「夢の酒」)

春風亭柳朝「蜘蛛駕籠」

柳家主体のこの短い席に、他派から顔付けの柳朝師。
色っぽい噺が上手い人。実際、この芝居でも十八番の「紙入れ」は出してるようだ。
だが今日は、色っぽい噺ではなく、蜘蛛駕籠。やはり子供がいたからか。
もっぱら柳家の人が掛けている噺という印象。
実際、今日の主任のさん遊師も、「柳噺研究会」で出していた。

色っぽい噺も悪くないが、蜘蛛駕籠はもうちょっと上位で好きな噺。
この噺には必須の、雲助の説明。五街道雲助師を引き合いに出し、それの元ですと。
クラウドの雲、または五街道に網を張るから蜘蛛なんだと。
時間は15分だが、わりと中身の詰まった演出で、コンプリートVer.
「茶屋の主人」「お武家」「踊る男」「アラクマさん」「二人連れ」と全部入る。15分なら、踊る男あたりを抜いてちょうどいい感じだが。
時間ないから、玉川大学与太郎女子大生マクラは振らない。

好きな噺なので楽しいが、いつもの流暢な柳朝師を思うと、妙に言葉のキレが悪い。自粛続きでカンが戻らないのか、それとも手馴れていないのか。
手慣れてないと15分ではできないと思うけど。
まあ、こんな噺もどんどん掛けて欲しいものです。

柳家小袁治「夢の酒」

小袁治師も久し振り。昨年1月下席で、仲入りのさん遊(小燕枝)師がインフルエンザでお休みになり、代演が小袁治師だった。
その際の「王子の狐」はなかなかよかった。
喬太郎師の番組に出た際も、小燕枝・小袁治のペアだった。昔からわりとさん遊師とセットで出ている。
でも、前から名前を替えたいと言っていたその先輩が実際に名前を替えたのは、楽屋の張り紙で初めて知ったのだそうで。本当なのかどうかは知らない。

仲間の林家種平師と有楽町で飲んでいた話。
小袁治師、下手を指差して「向こうの有楽町」って言っていた。師匠、有楽町は上手の方向ですぜ(どうでもいいよ)。
遅くなったので種平師は、大宮まで新幹線で帰るという。アッという間だよと。
しかし目が覚めると仙台だった。
そして小袁治師が痛風の薬をもらいにいく病院の話。待合室で呼ばれているのに寝ている人がいる。親切で起こしてあげる小袁治師。
なんの病気か訊くと、「不眠症です」。
そんな夢につながるマクラを振ってから、夢の酒へ。
これまた、柳家のイメージの噺だ。私が聴いた人は、左龍、さん喬、小満ん、扇遊、扇辰など。
子供がいる前で出す噺でもない気がするが、昨日書いたとおり、子供はすでにふたりともギブアップして、聴いてないから関係ない。

夢の酒、最近やたら流行っていて、「天狗裁き」よりずっとよく耳にする。非常に好きな噺なので嬉しいことだ。
なにが流行るやら、そして廃れるやら、まったく予測はできない。だから面白い。
さて最近よく出る噺だからこそ、さまざまな人の噺から、以下の通り欠点を感じることもある。

  • 若旦那が調子に乗りすぎ。夢のいい女の話をして、嫁がよく思うはずがないのに
  • そして嫁が怒って大旦那に不行跡を訴えているのに、若旦那がヘラヘラしている
  • 大旦那は昼寝の習慣がないのに、どうして寝てしまうのか

落語なんてもの、多少の不具合・矛盾は避けられない。私だって、いちいちこんなシーンに引っかかるわけではない。
だが、多くの人が掛けてよく練れた噺からは、こうした不具合はだんだん抜けてくる。
夢の酒という噺、長らくマイナーだったので、あまり練れていないのかもしれない。
さて、小袁治師はこの噺にどう立ち向かうか。
小袁治師、寄席の主任が決して多い人ではないが、実力者。国立のこんな出番(ヒザ前とはいえないだろう)にはぴったり。
感心したのだが、上記の引っ掛かりそうなシーンを、すべて未然に防いでいくのである。
若旦那が嬉しそうに夢のいい女を語るのは、嫁が怒ると思っていないからだし、嫁が怒ってからはヘラヘラしたりはしていない。
若旦那は、嫁が怒って大旦那をけしかけるという噺の大枠において忠実な役割を果たした後、どこにも引っ掛からずスッと消えていく。
そして大旦那も、今すぐ寝ろという嫁の難題に、強く逆らったりしない。噺のキーマンとして、実に忠実に役割を果たす。
若旦那の夢の続きに入ると、大旦那は、そこの女主人がいい女かどうかには気を止めず、じき酒のほうに気が行ってしまう。
色っぽさを保ったこの噺は、ここからいきなり酒の噺になる。その切り替えは実にスムーズである。
サゲも、心の底から「ヒヤでもよかった」。
私の大好きな噺を見事に料理した小袁治師。お礼を申し上げたい。

ヒザは江戸家小猫先生。
緊急事態宣言前の池袋で、同じ芝居で小猫先生を続けて観た。鈴本の配信でも散々目にした人。でも相変わらず楽しい。
大したものだ。別に客をいじったりはしないけど、客と対話ができているからだろう。
客の気持ちをしっかり受け止めて、それに答えるあたりが上手いのだ。この芸に比べれば、落語は喋りっぱなしだとすらいえる。
落語を聴いていられない子供たちも、この芸だけは聴いていた。
ここまで見事な舞台だと、おっつけ江戸家猫八襲名も見えてくる。
先代は小猫が長く、猫八になって間もなく亡くなってしまった。
猫八は、先々代のイメージのほうが強い。名前が空いているんだから早いほうがいいでしょう。

2時間弱、楽しい国立でした。

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夢の酒/妾馬

作成者: でっち定吉

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